3 アカシックレコード、それを狙う者



 「―― 警察の実況見分、及び事故車両の撤去の後、現場の前後200メートルを除霊。安全を確認し、車両の通行再開をリスボン市警交通課に告知。

  ここに、シントラのヒッチハイカー事件解決を確認し、調査を終了するものである」


 柔らかい午後の日差しが差し込む、小さな事務所。

 リスボン市警察 司法刑事課にある、本部長のデスクだ。

 雑多な刑事たちのデスクから隔離された区画は、すりガラスのおかげか、騒音も全くなく、話が進む。


 昨夜、亡霊を打ち倒した少女、エリスは、デスク越しに依頼主― 髪の薄い本部長殿へと、最終手続きを行っている。


 

 「以上が、今回の依頼の報告書になります。

  異存はございませんか? ダナン市警本部長」

 「ああ。本当に助かった。

  解決報酬、400ユーロ。市警名義で、君たちの指定口座に振り込んである」

 「では、こちらとこちら…それと、こちらにサインを」


 手渡した書類。

 指さした3か所に、本部長は胸ポケットのボールペンを取り出して、サインを書き入れていく。


 「しかし、市警本部長…いや、刑事課にいた頃を入れると20年以上になるが、未だに信じられないよ。

  モンスターやら、超能力やら、そういった怪奇事件みたいなもんが、実在して、俺たちの傍にいるってことがね。

  最早、科学ってやつは、人間を地球から消す程にまで発展しているというのになぁ」


 目線を書類に向けながら、本部長はエリスに言うが、彼女は涼しく返した。


 「科学と怪奇は、必ずしも反比例はしませんわ。

  人間の作った技術が、いかに優れようと、人がこの世にいる限り、怪奇は常に傍にいる。

  そして、時として、私たちに牙をむいてくる」


 最初の書類にサインが終わり、その次の緑色の紙面に、本部長はボールペンを走らせる。 



 「ノクターン探偵社…だったか。

  いつも、こんな事件を追っているのかね?」

 「ええ。ですが、事件のない時は、フツーの私立探偵です。

  よろず、揉め事、そういった類の仕事をね。

  何かあれば、またご相談ください。二回目は料金、はずんどきますよ?」

 「ありがとう。また、考えとくよ」


 サインの終わった書類を本部長は、エリスに差し出した。

 これで、依頼終了。

 その全てに目を通すと、緑色の1枚を彼に手渡し、“それでは”と矢継ぎ早に部屋を出ようとした。


 「疑問に思ったんだが、君たちは何で、怪奇事件ばかり追うんだ?

  その技術と人柄なら、私立探偵でも十二分にやっていけるだろうに。

  なのに、どうしてなんだ?」


 本部長の言葉に、彼女はドアの前で停まった。

 更に、振り返りもせず


 「理由…ですか」


 続けて


 「世界中で起きる怪奇や幻想の類は、全て一つの根源から派生したもの。

  人種も国も関係ない。

  この根源にたどり着ける者がいるならば、そいつは、人類の覇者と同じ……」



 エリスは言った。



 「バチカンの、ある大学教授が、死ぬ間際に唱えた“怪奇単一起源説”です。

  この世界に踏み込んだ者にとって、避けては通れない考えであると同時に、その生涯をかけて追い求める永久のテーマ。

  到達者は、まだ誰も見たことのない、この世界の覇者になれる。

  それ故に、一部の人間は、彼の説をこう呼んでます。

  ――アカシック・レコードと」



 「君たちは、それを探すために探偵でいるのか?

  ミス、コルネッタ。

  世界の覇者になるために?」


 ドアノブに手をかける彼女に、何の動揺もなかった。

 ようやく振り返ったその顔には、逆に微笑みがあった。


 「私たちはノクターン探偵社。

  単に、事件を追うだけの探偵で、それ以上でも、以下でもありません。

  それに……あるか分からないモノを、命かけて探すってのは、結構疲れるんですよ?

  では、失礼」


 警察署を出ると、外に、白のニスモ Z34と、それにもたれかかる黒髪少女。

 エリスの顔を見ると、彼女は運転席の側へと移った。


 「さっき、修理工場から電話が来たわ。

  マラネロの修理代、なんとか交渉して、10ユーロほどでおさまりそうよ」

 「ありがとう、アヤ」

 「そのお礼、メイコにも言ってね。

  リオの話じゃあ、車両関係の帳簿睨みながら、ぶつくさ言ってるそうだから」

 「もちろん。

  従業員を大切にするのは、雇用主の義務ですから」


 2人が車に乗ると、アヤと呼ばれた黒髪少女は、Z34のエンジンをふかし、リスボンの街中へと溶け込んだ。


 「で、どうなの?」


 ハンドルを握りながら、助手席でたそがれるエリスに、声をかける。

 

 「何が?」

 「昨夜のヒッチハイカー、例の根源に近づくヒントになりそう?」

 

 エリスは、アヤの方を見ることなく、窓の外を見るまま。

 見上げる空は、濁る雲を携えないままに、漠然と流れていく。


 ただ、漠然と。


 「分からないわ…いいえ、簡単に分かるなんて言えない。そういう意味での“分からない”」

 「そうだよね…」


 アヤも、その言葉の意味はよく分かっていた。

 彼女もまた、エリスと同じ側の人間だから。 



 「今はとにかく、全てが欲しい。

  情報と仕事と……力。

  私たちと同じく、根源を探し求める者たちを追い抜く力。

  ネオ・メイスン、八咫鞍馬、そして……私の古巣、バチカン」


 「だから、私たちは集まった。

  3人寄れば、文殊の知恵。

  貴女が欲する、その全てを、皆で得るために」


 「そう。私たちなら、できるはず。

  私たちはノクターン探偵社。

  宝具を武器に、怪奇事件を解決できる、唯一無二の探偵社なんだから!」 

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