人造美少女は自殺したい
韮崎旭
人造美少女は自殺したい
河上加恋(かわかみかれん)は既に何度か死んでもおかしくない程の損傷を持ったことがある。例えば広範囲の熱傷。例えば2リットルくらいの失血。例えば、頭を粉砕。そのたびごとに、ストックされた部品で損傷部位を置き換えてきた。ストックされた部品? そう部品。どこかの美少女生産工場で生育させられ、畜殺、十分に利用可能な代替部品としての状態を保たれて保管される河上加恋補修部品用美少女たち。交換用の無数の美少女は、まあその辺からかき集められたりもするが、一定の基準はあり、それは、生産工場での生産においても同様であり、例えば虹彩の色などにもある程度の制限がある。それは、河上加恋をまとまりのある、いいかえれば均整のとれた美少女にするためである。
河上加恋。17歳。多分永遠に、17歳。この部屋から出ることもない。部屋はいつも、曇り空のように薄明るい。そこに現れるのは、朝顔と呼ばれる女性だったり、雛菊と呼ばれる少女だったり、ナマズと呼ばれるやはり、少女だったりして、加恋の世界には少女しかいない。少女しかいない状態で世界が成り立つのかは加恋の知るところではないが、加恋の世界はそれで成り立っている。雛菊は以前、もっと背が低かった気もするし、話し方も滑らかだった。今の雛菊は、以前の雛菊よりも背が高くて、黒髪で、ショートボブで、話し方が舌足らずだった。「雛菊、私退屈したわ」加恋が言うと、雛菊は、「そうだねたいくつだね」と言う。
「退屈なの」
「そうだね」
「お前のそういう態度が」
「そうだね」
「お前のそういう反応が」
「そうだね」
「神経通ってるの?」
「そうだね」
加恋は自分より背の高い雛菊に、そこに跪けと言う。それから「じっとしていてね」と優しくいって顔面を、わざわざさっきまではいていなかった部屋履き(もっとも、加恋はそれが「部屋」履きであると知らないのだが。部屋と言う語彙がないので。)を履いて、蹴り上げる。一度では飽き足らないから、十数回。
「どう、痛い?」
「そうだね」
床には血が、雛菊のものであろうが、滴っている。それを見て加恋は、
「床を汚すな」
思ってもいないことを言いながら更に雛菊の顔面を蹴り上げた。
翌日、雛菊は、黒髪ではなく赤い髪で、セミロングで、それを頭の高い位置で二つ結びにしていた。話し方は、滑らかではないが、どう見ても舌足らずでもない。
「ねえ、雛菊、暴力を振るわれる気分に興味があるわ」
「加恋、どうしたの?今日のあんた、なんか変よ?」
「死ねばいいのに」
翌日の雛菊は、淡い髪色で、セミロング、髪を裡巻きにしていて、加恋くらいの身長で、やはり舌足らずな子供のように話したが、それはどことなく、以前の以前の雛菊とは異なっていた。
「いい、雛菊、邪魔しないでね」
「うん」
加恋は大き目のナイフを手に取ると、まずは手近な左腕を切りつける。湧き上がるように血が表面に集まってくるように見え、しかしどこか他人事の痛みと、不十分な出血量……。
「雛菊、このナイフで、私の、そうね、この辺(手で指し示すのだが、それが左手だったので、滴る血で、ガイドラインが描かれてしまった)の皮膚を切って、切れたら、その隙間から内臓を取り出して私に見せなさい。それが済んで私の意識がまだあるようなら、部位は指示しない、存分に私を切り刻みなさい。それと刺しなさい。挽肉みたいになるまでね」
雛菊は以前の雛菊とは異なり、加恋の言うことにしたがったので、その淡い色の髪や淡く薄い膚は加恋の血で赤く黒く染まり、加恋は、今度は過剰な痛みと出血で気が遠くなりながらも、自分が損壊されるのを見て、満足げだったが、ある時点で意識がなくなったようだった。
翌日、加恋は、傷を縫い合わせることもなく元気ににこにこと笑い、昨日と同じ雛菊と少女らしい様で談笑していた。と言うのも、損傷された箇所を、山ほどあるストックの中から適切なものを見つけ出して補てんすることで修復したので、回復を待つ手間が省けたからだ。それらは、例えば医療的処置の適切さ、例えば魔術、例えば、人体の組織と区別のつかないような素材と大きさの、不思議な機械、そのようなものが可能とする。とにかく、加恋はこの部屋で、永遠に17歳のまま、時に血なまぐさく時にそれこそ可憐に、退屈を弄び続ける。どこかで見ている鑑賞者のために、それとも、鑑賞者がいなくなっても。
人造美少女は自殺したい 韮崎旭 @nakaimaizumi
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