雪降る丘に花は咲く

楠木黒猫きな粉

プロローグ 約束

項垂れるしかなかった。諦めるしかなかった。

敵うはずがないから届くはずはないから。

10歳の小さな拳ではあの厄災に勝てるはずはない。

だから逃げたのだ。それは母の最後の願いだから。

しかし敵は追い付いてきた。そうこれは運命だ。

俺はここで死ぬ。当たり前のように死ぬ。

空を飛ぶ敵は俺を見下ろしている。

もうここで死ぬのだ。なら最後に毒を吐いて死んでやろうか。

いいや、やめた。どうせ無意味だ。

何故、俺は逃げてきたのだろうか。親の願いであったとしても無駄だと思わなかったのだろうか?死ぬと分かっていたのならあの炎の中で死ぬべきだった。

じゃあこれは逃避行だったのか。誰の死に目も見たくないと言うただの願いから生まれた逃避だった。

見上げた先にいる敵を睨む。

すると何を思ったのか敵は降りてきた。そしてこう言った。


────君は何を願うの?


その問いに俺は即答する。


────お前を殺す為の力だ


敵は俺の顔を見る。俺は敵の顔を見る。自分とさほど年も変わらない少女の顔が見えた。


【ねぇ……約■■■。い■か─────て】

【う■。約束■■■。──────げる】

【あ■■■■。シュ■■、必ず■■■■に■って】


壊れた記憶が頭をよぎる。俺の記憶ではない。しかし彼女の顔にはどこか見覚えがあった。

そして少女は──敵は俺に手を差し伸べた。


────力をあげる


敵は俺にそう言った。俺は「なんの力だ」と聞き返す。


────もちろん、


驚きに目を開く。俺は敵に問う。何のために、と


────私のために、力をあげるの


そしてもう一度手を差し出す。手を取れ、という事だろう。取らなければきっと死ぬ。

けれど、願った事が叶うなら、なんでもやってやる。

俺はその手を取る。敵は─少女は─魔女は笑みを浮かべ


────いい顔になったね。そうじゃなきゃ味気ないよ


そうして魔女は一つの契約やくそくをしろという。


────ねぇ……約束して。私を殺すまで私を許さない事を


その契約に俺は答える。


────俺はお前を赦さない。殺したとしても、どんなに過ごしたとしても赦さない


その言葉を聞いた魔女は寂しそうな顔をして


─────なら、よかった


と、言った。





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