十年越しのバレンタインデー
秋月 椛
大嫌いから大好きへ
2月14日はバレンタインデーだ。
学生であれば誰もがドキドキするような日である。
女子は想いを寄せている男子に勇気を振り絞って告白するチャンスの日。
男子は気になるあの子からもしかしたら貰えるかもという希望を胸に秘めて、一日中落ち着かない日となる。
しかし、チョコを貰える男子などごく一部に限られてくる。
モテない男子にしてみれば好きな女子から貰える確率など宝くじの一等が当たる確率と同じくらいに感じられるはずだ。
いや、もしかしたらそれ以上に確率は低いかもしれない。
なんて、こんなことを一人語りしている俺もモテない男子の一人に数えられるであろう。
中学生の頃は一度もチョコを貰わず、告白もされず、三年間非リア充を貫いた。
もちろん、望んでやったことではない。
俺だって一度はモテてみたいものなのだ。
そう、一度で良いからバレンタインに女子からチョコを貰ってみたいのだ。
そう強く思った俺は、高校に入学したときにある決心をした。
それは、高校在学中に三回あるバレンタインデーの内、どこかで一回はチョコを貰うということだ。
そこで俺は女子からモテるために、自分に付加価値を付けることにした。
世の中なにもイケメンだけがモテるわけではない。
他より何か秀でた才能があれば、それが自身の付加価値となって、女性にとってはそこが魅力となるはずだ。
俺は早速インターネットで女性にとっての“ポイント”の高い男性というのを調べてみた。
と
その中で、俺が興味を惹かれたのは料理が出来る男性は“ポイント”が高いというものだった。
俺は早速料理を練習することにした。
料理と言っても普通のものはハードルが高いので、お菓子作りから始めることにした。
最初はクッキーを作ってみたが、なかなかに面白いものだと感じた。
ただクッキーを作るだけなのだが、焼き加減によって食感が全然違うのだ。
俺はクッキー作りにハマってしまい、一週間ほどクッキーについて研究した。
そして、一週間経つ頃には自分でもかなり自信のある出来栄えになった。
しかし、自分自身の評価だけではもちろん不十分なので、学校の友達にも食べて貰って評価して貰うことにした。
結果的に俺のクッキーは友達の間でも大好評だった。さらにその様子を見ていた他のクラスメイトにも食べてみたい言われ、翌日にクラスメイト全員分のクッキーを焼いて学校へと持っていった。
嬉しいことにクラスメイトからもクッキーは絶賛された。そして俺は他のお菓子も研究して、マスターすることにした。
カップケーキやティラミス、プリンなど、様々なお菓子を作ってはクラスメイトに食べて貰い、感想を聞いて完成度向上に努めた。
そして、家で作ることの出来るお菓子をほぼ全てマスターした頃には、学校の中で俺はお菓子作りにおいて有名になっていた。
さらに、俺が学校内で有名になり始めてから一ヶ月ほどたった12月。
俺はある女子に呼び出されていた。
その女子曰く、大事な話があるとのこと。
ついにモテ期が来たと思い、俺は舞い上がっていた。そして、期待に胸を膨らませながら、俺はその女子のところへ行った。
しかし、女子は俺に告白をするために呼んだのではなかった。
片思いの男子にバレンタインに手作りのチョコを渡したくて、俺にチョコ作りを手伝って欲しいとのことだった。
少し残念な気持ちもあったが、お菓子作りで手伝えるならばこれほど嬉しいことは無いと思い、彼女の依頼を快諾した。
それから俺は彼女にチョコ作りの基礎から教え込んだ。彼女は飲み込みが早く、めきめきと腕を上げていった。
さらに最初はぎこちなかった会話も日がたつごとに馴れていき、冗談まで言い合えるような関係になっていた。
そしていよいよバレンタインデー当日。
彼女の試作品を味見させて貰ったが、完璧と言えるほどのものだった。
俺は自信を持って彼女を送り出した。
結果は失敗だった。
チョコは受け取って貰えたが、告白については断られてしまった。
彼女は悲しみのあまり泣いてしまった。俺も自分のことのように悲しかった。
その後、俺は彼女が落ち着くまでそばにいて彼女を慰め続けた。
バレンタインデーの一件後、彼女との関係に変化が生まれた。彼女もお菓子作りに興味を持ち、放課後に二人で一緒に作ったりもしていた。
二年生になると彼女と一緒のクラスになり、いよいよ親友と呼べるような仲になった。
俺の友達と彼女の友達も一緒になって遊んだりして、高校生活を満喫した。
そして高校生活二度目となるバレンタインデー。
彼女からは「義理チョコ」と言われてチョコを貰った。去年作ったチョコよりもさらに完成度が上がり、店で売っていてもおかしくないレベルだった。
結局、今年貰ったチョコは一個だけだったが、とても満足のいくバレンタインデーとなった。
ついに三年生となり、高校生活も最後の一年になった。三年生になった時に俺はある決心をした。
それはショコラティエになるために海外で修行をするというものだ。
そう、趣味から始めたお菓子作りが店に出してもおかしくないレベルになってきていて(自分で言うのもなんだが)親からも何度か提案されていたのだ。
自分自身、お菓子を大好きになっていたのでショコラティエも悪くないと思っていた。
しかし、二年生の時は大学に進むという道もあり、どちらにするか悩んでいたが、三年生になって大学に行くためには受験勉強をしなければならないので、今後のことを決めるなら今しかないと親に言われて、思い切って決心したのだ。
高校での進路相談の時も海外へ行く旨を伝えた。
担任の先生は俺の話を快く受け入れてくれて、「頑張れよ」と応援までしてくれた。
その後、俺は周りが受験勉強をしている中、ショコラティエの勉強をするようになった。
彼女も大学へ行く予定だったので、皆と同じように勉強しをしていた。
ちなみに海外へ行くことは彼女には言っていない。
これでも親しい仲なので、彼女を動揺させたくないからだ。
なので、彼女とはいつも通りの態度で過ごしていった。
年が明け、大学入試が迫ってくる。
学年全体がピリピリとした空気を帯び始め、皆が皆勉強をしている。
俺はショコラティエの勉強をしているので、学校ではかなり暇だった。
そして彼女も指定校推薦がほぼ取れることが決まり暇になっていたので、俺達は放課後にどちらかの家に行き、お菓子を作って過ごしていた。
時は過ぎていき、高校生活三度目にして最後のバレンタインデー。
俺は彼女から呼び出しを受けていた。
去年みたくチョコを渡すのか?
でも、それだったら教室でも渡せるだろうし……
だったら何の用かな?
そんなことを思いつつ、彼女の指定した場所へと行った。
その場所には彼女が既に待っていた。
俺が声をかけるとこちらに気付き、真剣な表情になった。
そして、
「ずっと前からすきでした! 私と付き合ってください!」
彼女はそう言ってチョコを渡してきた。
「え?」
俺は素で返してしまった。
「ちょ、ちょっとまって。ずっと前からっていつから? 」
俺が聞くと、彼女はその経緯を話し始めた。
「一年生の時にさ、私がバレンタインデーで告白失敗したときあったよね。その時、君が私のこと慰めてくれたよね」
「確かにあったね」
懐かしいな。
あのとき、彼女が泣いてしまったから、いたたまれなくなって慰めてたんだよな。
「あのとき君に慰めてもらって思ったんだ。この人は本当に優しいんだなあって。チョコ作りも嫌な顔一つせずに手伝ってくれたし」
「その後くらいからなんだよね。君を意識し始めたのは」
頬を少し赤らめながら、彼女は続けた。
「放課後に君とお菓子を作るのがたまらなく楽かった」
「君と話すのがたまらなく楽しかった」
「君過ごすのがたまらなく楽しかった」
「二年生になって君と過ごす時間がもっと増えた」
「毎日のように一緒に遊ぶことが好きだった」
「確実に君に惹かれていった」
「三年生になって君と過ごす時間は減ってしまったけど、たまに出来る君と話す時間が愛おしかった」
「でも私はこの関係では終わりたくはなかった」
「君との関係をもっと進めたい」
「だからもう一度言う。私は君のことが大好きです。二年前のあの日からずっと。だから私と付き合ってください」
彼女の本気の告白。
かつて親友と呼べる仲であった者との関係を親友以上にするための本気の告白。
失敗すれば親友以下の関係になってしまうかもしれない。
そんなリスクを背負った告白。
さらに彼女は二年前のあの経験もある。
告白が失敗する辛さは分かっているはずだ。
それでもこうして俺に告白してきたと言うことは生半可な告白ではないということが見てとれる。
そんな告白にはこちらも真剣に向き合わなければならない。
実はだが、俺も彼女のことは前から気になっていたし、両想いだったらなあとは考えたことはあった。
去年のバレンタインデーの彼女からの義理チョコも実は本命チョコじゃなくて少しがっかりしていた節があった。
なので今回、彼女がこうして告白してきてくれたことがすごく嬉しい。
しかし、俺は前々から決めていたように海外へ行かなければならない。
それはもう決まってしまっていることなのでどうすることも出来ない。
しかも、そのことを彼女にまだ言っていなかったので、彼女はここで告白してきたのだろう。
でも、そのことを伝えなければこの話は進まないだろう。
ごめんよ、また君を泣かせてしまうかもしれないが、許してくれ。
「あの、君の気持ちは凄く嬉しいよ」
「本当に!?」
彼女が嬉しそうに聞き返す。
「じゃあ……」
彼女が何かを言おうとしたときに俺は言葉を強引に遮った。
「でも、君とつきあうことは出来ない」
「どう……して……?」
彼女の顔が一瞬で曇る。
「君にはまだ言ってなかったけと俺、高校を卒業したらショコラティエになるために海外へ行くんだ」
「海外へ行ってしまうと、おそらく十年くらい向こうにいるだろう。そうなってしまうと、君とは離ればなれになってしまう。君に寂しい思いをさせてしまう。君のことは大好きだ。でも今回の告白を受けることは出来ない。本当にごめん」
そう言って俺は精一杯頭を下げた。
これは誠意を示すためでもあったが、それ以上に彼女の顔を見るのが怖かったのだ。
俺のせいで彼女を泣かせてしまうと思うと、どうしても彼女の顔を見る勇気は無かった。
俺が頭を下げてからしばらく沈黙があり、その後に彼女のホッとした声が聞こえてきた。
「なんだぁ、そんなことだったんだ。君が私のことを好きじゃないのかと思ったよ」
顔を上げると彼女が安堵した表情を浮かべていた。
「そんなことって……十年間も会えないんだぞ?」
「うん、分かってるよ。でも、君が私のことを好きだと言ってくれて嬉しいんだ。私の想いが通じてくれて嬉しいんだ」
彼女は笑顔のまま言葉を続けた。
「十年後にはこっちに帰ってくるんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、十年後にこっちに帰ってきたら、いつも私たちが遊ぶときに待ち合わせに使ってた公園の噴水の前に来て。そこでもう一度改めて告白したいから」
「十年間も待ってくれるのか?」
「もちろんだよ。私は君のことが大好きなんだ。その気持ちは何十年経っても絶対に変わらない。だから、君が十年後にこっちに帰ってくるまで待ち続けるよ」
彼女はそう強く言った。
「ありがとう……本当にありがとう……」
自然と涙がこぼれる。
自分でもわけが分からなかったが、涙が止まらなかった。
「やだなぁ、君が泣かないでよ。普通は私が泣く場面じゃない?」
そう言いつつ、彼女も少し涙目になっていた。
やがて彼女もすすり泣きをし始めて。
少しの間、二人で泣いているだけになっていた。
おそらく一生のうちでこれほど記憶に残るバレンタインデーはないと思うほどだった。
そんなことがあり、高校生活最後のバレンタインデーは幕を閉じた。
バレンタインデーが終わるとあっという間に卒業式になった。
俺は卒業式の後の最後のホームルームで、皆に海外へ行くことを伝えた。
話を聞いたときに一様に驚いた様子をしていたが、特に親しかった友達が俺との別れを惜しんでくれた。
その後、俺は彼女のところへ行き、明日には海外へ行かなければならないということを伝えた。
すると彼女は「じゃあ、見送りするよ」と言ってくれた。
そして“今日のところは”さよならをして、彼女と別れた。
翌日、俺は空港で彼女と一緒にいた。
両親がどうしても仕事の都合で来られなかった。
なので、彼女だけが見送る形となった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「十年後にあそこの場所でだよな?」
「うん、絶対に待ってるから。頑張ってね」
「ありがとう」
ただそれだけだがとても心のこもった会話を交わし、俺は飛行機に乗って日本を発った。
十年後に彼女にただいまと言えることを願って。
俺は急いでいた。
待ち合わせの時間に遅れそうだったからだ。
彼女との約束から十年後、俺はショコラティエの修行を終えて、予定通り日本に戻って来られていた。
帰ってくる前日に彼女と待ち合わせの時間を決めたのだが、飛行機が少し遅れてしまい、急がないと間に合わなくなってしまった。
今、空港からタクシーを使って待ち合わせ場所の公園へ向かっているところだ。
よし、その角を曲がれば公園に着く。
タクシーが角を曲がると公園が見えてきた。
俺はそこでタクシーを止めて、料金を払って公園にある噴水へと向かった。
噴水の前まで行くと、一人の女性がいた。
間違いない、彼女だ。
十年経っても忘れるわけがない。
彼女がそこにいた。
俺は彼女に近付いて声をかけた。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
すると彼女は俺に気が付き嬉しそうに言った。
「全然そんなことないよ。それに、君と会えると思っただけで嬉しくて、退屈はしなかったよ」
可愛いなぁチクショウ
「そっか、ありがとう。では改めて、ただいま。十年間待っていてくれて本当にありがとう」
「ううん十年間なんて辛くなかったよ。またこうして君と会えたことが本当に嬉しいよ。おかえり」
そう言って彼女はとびっきりの笑顔をした。
その笑顔を見ていたら胸が詰まっていまい、思わず涙を流してしまった。
「もう、君は泣き虫だなあ」
彼女は仕方ないといった様子で言った。
今度は彼女は泣かなかった。
そして、彼女はバッグから綺麗にラッピングされた平ための包みをこちらに渡してきた。
「はい、遅くなっちゃったけどバレンタインデーのチョコだよ」
「ありがとう」
彼女は俺がチョコを受け取るのを確認すると、深呼吸して言葉を続けた。
「十年越しになるけど言うね。君のことが大好きです。高校一年のあの時からずっとです。十年経った今でも変わりません。私と付き合ってください」
再び聞く言葉。
十年前と変わらぬ言葉。
それが俺の心を揺るがす。
思えば色々なことがあった。
モテるために始めたお菓子作りがこんなことになるとは思っていなかった。
彼女と初めて出会ったときはこんな関係になるなんて予想だにしていなかった。
しかし、こういった結果になって俺は良かったと思う。少なくとも、モテるような学生時代を過ごすことはなかったが、生涯をかけて愛することの出来るヒトを見つけることが出来て良かったのではないだろうか。
俺は中学時代はバレンタインデーがそんなに好きと言えるものではなかった。
しかし、高校生活においてバレンタインデーに対する考えが変わっていたことは確かだ。
そして何よりも、
「俺も君のことが大好きです。俺でよければお願いします」
十年越しのバレンタインデーが俺を大好きにさせてくれたのかもしれない。
十年越しのバレンタインデー 秋月 椛 @akituki_momiji
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