第二十三節 ナイドルの試練 三
三人は控え室を出て、夜空の下の闘技場に足を踏み入れた。
「準備は整ったようですね」
自らのアステラで作り上げた闘技場の中央に、ヴィルジェーニアスが立っている。
「共にストーリアを演じるならば、私はプリドルということになりますね。ティアラは付けたままにしておきましょう」
ヴィルジェーニアスの黒い夜空色の髪、その左のシニヨンには金の三日月、右のシニヨンには銀の満月の髪飾りが輝いている。厳密にはティアラと呼べる形ではないが、アステラで形成したものならばティアラに含まれるということだろうか。
「ですが……」
淡く光った胸元から剣を引き抜く。まるで、ナイドルのアステラ・ブレードのように。
「カノープスくんたちとは剣で勝負をしましたので、剣は握らせていただきます」
湾曲した細く薄い刃のシャムシール。金とも銀とも見えるその輝きは、雲に隠れる弦月を思わせた。
レグルスは動揺した。プリドルは剣を持たない。ヴィルジェーニアスが剣を持つなら、振り付けが変わってしまう。
「大丈夫、刃を合わせることはしません。あなたたちとするのは、勝負ではなく
疑問を口にせずとも答えが返ってくる。また、心の中を見透かされている。
「それでは、続きを始めましょう。私がカノープスくんを追い詰めるところからでいいですね」
地面が二箇所、おぼろに光った。どうやらそこがカノープスとブランヴァの立ち位置らしい。チャリティーストーリアの台本通りの位置取りだ。
「開演の前に、ボクの衣装を元に戻してもらえませんか?」
デネボラの頼みに、ヴィルジェーニアスはただ楽しげに微笑んだ。
「そのドレスの色合いは本人に寄せたんです。チャリティーの衣装より、そちらの方が本物に近いくらいですよ」
「……わかりました」
あっさりと引き下がったデネボラだが、どうしてか、その顔には先ほど以上の自信がみなぎっている。指定された位置で膝をつく姿に迷いはなかった。レグルスは、デネボラから離れた位置に立つ。
天の彼方から、開演ブザーの音が鳴り響く――
★ ☆ ★
ヴィルジェーニアスの魔法の矢に足を射られた
『神に要求した己の傲慢さを悔いるがいい』
剣先をカノープスに向けると、ヴィルジェーニアスは追撃を放った。輝く無数の矢がカノープスに迫るが、その矢はすべて、ルーナ・アステラの青白い閃光に切り裂かれた。
カノープスが振り返り、救い主の名を呼ぶ。
『エルトファル様……!』
『あとで必ず追いつくと、そう言っただろう?』
『友を傷つける者は、たとえ神でも許さぬ!』
アステラ・ブレードの切っ先を神に向けると、怯むことなく突っ込んでいく。
ブランヴァがたまらず叫ぶ。
『エルトファル様、おひとりでは危険です!』
だがエルトファルは臣下の制止に耳を貸さず、ヴィルジェーニアスを縦に両断しようと斬りかかった。
『威勢は良いけれど、未熟ですね』
その剣は、盾に遮られた。ヴィルジェーニアスはいつの間にか、左腕に小さな円形の盾を身につけている。渾身の一撃を弾かれたエルトファルは地面に転がる。
『エルトファル様!』
ブランヴァは一も二もなくエルトファルに駆け寄って助け起こす。カノープスも自分の剣を杖代わりにして立ち上がると、二人を背にかばう。
『ブランヴァ、カノープス』
エルトファルはブランヴァの手を借りて立ち上がる。
『俺が囮になろう。お前たち二人で
主の提案にブランヴァは血相を変える。
『何を仰るのです、エルトファル様! あなたにそんな危険な真似はさせられません!』
その言葉にカノープスは内心ほっとした。ヴィルジェーニアスを相手に囮になるなど、エルトファルには――否、エルトファルに限らず、人間には荷が重すぎる。
『囮役は、このブランヴァめにお任せください』
『えっ!?』
今度はカノープスが血相を変える番だった。
『悔しいが、一番腕が立つのはお前だ。カノープス』
ブランヴァはカノープスの隣に立つが、その顔は見ない。
『私が月姫神の注意を引く。一撃でいい。頼む』
『でも、ブランヴァ。それでは君が危険だ。相手の力量がわからない君じゃないだろう』
『力量に差があるから、不意を突かねばならない。それがわからないお前ではないだろう』
ブランヴァの主張は理解できる。だが決着が長引けば、それだけ彼を危険に晒す時間が長くなる。
『……私に、できるだろうか?』
弱気の虫を覗かせた瞬間、カノープスの肩をエルトファルが掴んで揺さぶった。指が食い込むほどに、強く。
『カノープス! 世界を変えると言ったのはお前だぞ!』
これは本来ならブランヴァのセリフだが、エルトファルのセリフに変え、次のセリフまで一息に続ける。
『四大神のお力を借り、泥沼の戦争を調停する。争いと差別で歪みきったこの世界を、愛し合う者たちが手を取り合える世界に変える。そのためなら俺もブランヴァも血を流す。命をなげうつ覚悟もある! お前は違うのか、カノープス!』
そして、エルトファルでなければ決して口にしない言葉を足した。
『我が妹エステーリャの無念を晴らす。そのためにお前と共に来たのだ。お前に守られるためではない!』
ヴィルジェーニアスの顔が、歓喜に歪んだ。
そして、突然背後を振り仰いだ。その視線の先は、闘技場の観客席――エミリオと、帽子の男の姿がある。
(観客のいないストーリアなんて、演じがいがないでしょう?)
レグルスの頭の中に、女神の声が響いた。どうやら観客席の二人に気がついているのはレグルスだけらしい。気が散っているのはレグルスだけ、ということかもしれないが。
レグルスは
『エルトファル様。もっと剣の重さに頼ってください。がむしゃらに振るっては、力が逃げてしまいます』
三人で考えたブランヴァの追加セリフをしっかりと言って、レグルスはひとりヴィルジェーニアスと相対する。努めて、エミリオのほうを見ないようにして。
『陽の民、一人で神に挑むというのですか』
『私は第一王子の騎士を任された身。腕には覚えがございます』
手が震える。ここからがブランヴァの見せ場だ。ヴィルジェーニアスが放つアステラに合わせて武踊を披露し、肉薄した瞬間に姿を消す――舞台上では、数秒間照明を落としているうちにブランヴァが退場し、ヴィルジェーニアスひとりがスポットライトの下に取り残されるという演出で表現される。
だが、この闘技場ではそんな演出はできない。当然ながら、レグルスは陽の民ではない。
(……できる、できないじゃない。やるんだ)
ぐっと力を込めてアステラ・ブレードの柄を握りしめると、刀身が再び炎を放ち始めた。
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