第十八節 《月明の剣》 三
「……神が、人の演劇に付き合うと?」
ついにデネボラが口を開き、黒髪の女は不敵に笑う。
「本人役で友情出演してもいいでしょう?」
「では、従います。レグルスもいいね?」
「は、はい」
もはや選択の余地などない。レグルスはアルテイルの姿を必死に思い浮かべた。祖母と一緒に何度も見た、〝月明の剣〟でブランヴァを演じるアルテイルを。
「では、私の登場シーンから……」
ヴィルジェーニアスのそばに突然台本が現れた。台本も彼女同様、空中に浮いている。
「待っていましたよ、風華の騎士。あなたが来ることはわかっていた。我が名はヴィルジェーニアス。風華の騎士カノープスよ、あなたの望みを述べてごらんなさい」
『四大神の一柱、ヴィルヴェーニアス様。お目にかかれたこと、恐悦至極に存じ……』
デネボラの声はわずかに震えている。そんなデネボラをあざ笑うかのように、ルーナ・アステラの風が吹く。風に煽られたデネボラとレグルスは思わず身を守る姿勢を取る。
「望みを述べてごらんなさい、と言ったの。神の言葉が聞けなくって?」
『……預言に従い、参じました。四大神に見えし騎士、神より四つの剣を賜り、戦を調停せん、と。ヴィルジェーニアス様、どうかこのカノープスに、月の民の至宝たる〝月明の剣〟をお与えください』
声を震わせつつも、デネボラはヴィルジェーニアスをまっすぐ見据えている。レグルスも俯いてはならないと己を叱咤する。
「では……」
ヴィルジェーニアスと、目が合った。
「あなたが剣にふさわしい強者かどうか、見極めさせてもらいましょう!」
ヴィルジェーニアスの掌中にアステラが収束していく。細長い形を成したそれは、台本で指定されている無数の魔法の矢ではなく、一振りの剣だった。その剣を振りかぶり、ヴィルジェーニアスはレグルスを両断せんとばかりに斬りかかってきた。
「なっ……!」
間一髪、レグルスはその一撃を自分のアステラ・ブレードで受け止めた。刀身が激しく燃え盛り、レグルスとヴィルジェーニアスを緋色に照らす。
「レグルス!」
デネボラがヴィルジェーニアスに向かって突きを繰り出す。だがヴィルジェーニアスはふわりと宙に浮かび、いとも簡単に突きをかわした。
「戦う術を学んですらいないのに、後輩を守るために剣を取る。勇敢ですね。実に素晴らしい」
デネボラはヴィルジェーニアスをキッと睨みつける。
「あなたはストーリアを捧げろと言った。ならばなぜ、あなた自身が台本にない動きをする!?」
「台本なんて、ありませんよ」
ヴィルジェーニアスはこともなげに言う。
「私が捧げてほしいのは〝月明の剣〟なんていう、古くさく褪せた
レグルスには、ヴィルジェーニアスが何を言っているのか、
「わからない、ですか? レグルスくん。あなたはこの半年間、実に波乱に満ちた日々を送ったでしょう? ユアンくんと出会い、デネボラさんと出会い……二つのアステラを宿す剣を手に、神と同じ舞台に立っている。あなたの過ごしてきた毎日と、
そんなの、答えようがない。
「実に、実によくない。その保守的な思考回路。そうですね、私の価値観をあなたたちは理解できないということが理解できました。それほどに、呪縛は強固ということ……私が、あなたたちの価値観に合わせて語るしかありませんね」
ヴィルジェーニアスが片手を上げると、そのアステラが無数の矢となって、レグルスとデネボラに降り注いだ。これは、台本通りの――〝月明の剣〟の台本で指定されている振り付けだ。デネボラはレグルスを背にかばって守りながらブレードを振るい、次々と矢を切り裂いていく。
(今はおれがブランヴァなんだ。おれも、やらなきゃ……!)
レグルスはデネボラの背後から飛び出し、ぎゅっと両手で握りしめたブレードを縦一文字に振り抜いた。刀身からアステラの炎が奔り、ヴィルジェーニアスの矢を飲み込んで消し去る。振り付けとは違うが仕方ない。炎はレグルスの意志に関わりなく出てしまう。
この後の攻防が台本通りに進めば、カノープスの足にヴィルジェーニアスの矢が突き刺さる。つまり、デネボラは甘んじて攻撃を受けなければならない。
レグルスの胸に一抹の不安がよぎり、その不安は的中した。
いつの間にか、ヴィルジェーニアスはデネボラの背後に回っていた。
そして、手にしていた剣で――
「……っ!」
デネボラの胸を、刺し貫いた。
「デネボラさん!」
ヴィルジェーニアスは剣を引き抜く。デネボラの体から血は流れていない。代わりに、デネボラの纏う衣装――深緑の鎧が、ほのかな光を帯びた。
「剣を手に未開の荒野を一人往くあなたは、美しい」
鎧が、変形していく。
アステラで覆うことで、衣装の色を塗り替えることはできる。だが、材質や形まで変じることは不可能だ。目の前で起きていることが現実なら、それはまさに、神の御業というほかない。
「けれど、あなたの心は隙間だらけ」
レグルスは、遂に理解した。理解させられた――ずっと、デネボラに対して抱いていた違和感が、いったい何だったのかを。
「その色合い。本物のカノープスくんに寄せてみたのですけれど、どうですか?」
深緑から桜色に変じた衣装は、淡萌黄色の髪と相まって、春を思わせる。
開いた首元からは華奢な鎖骨が覗き、柔らかな肩の線を強調する。
「
その衣装はどう見ても、ナイドルが纏う鎧ではなく、プリドルが纏うドレスで、あまりにもデネボラにぴったりで、デネボラの凛とした雰囲気に似つかわしくて、
「女の子だった、としても」
その衣装は、最大限に引き出している――
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