第六節 アステラ・ブレードの謎

 ミアと会って、次の水曜日。


 午後の〝アステラ発現〟の授業のあと、レグルスは室内庭園に居残った。テッラ・アステラの授業で使われる室内庭園は、季節を問わず一定の温度を保つように作られており、真冬でもさまざまな花が咲いている。


「テイアー先生、ちょっといいですか?」


 レグルスは花壇の手入れをしているテイアーに声をかけた。


「おや、レグルスうじ。なにか質問かなあ?」


 テイアーは、黄色のエステルローズを剪定する手を止めてこちらを向いた。向いてはくれたが、分厚い前髪で目が隠れているので、どこを見ているのかはよくわからない。ボサボサの茶髪に毛玉の目立つニットは、ナイドルを育てる指導者としてはあまりにも野暮ったく、「イケメンすぎるのを隠すため、わざとダサい格好をしている」と言う噂が立つほどだ。


「学園長から、おれのアステラ・ブレードについてテイアー先生に聞きなさいって言われたんですけど……」

「ええっ、本当かい?」


 テイアーは移動し、一本の大きな木の周囲に設えられたドーナツ型のベンチに腰掛けた。レグルスは座らずに立ったまま続ける。


「はい。知ってることは全部話してくれるだろうって」

「そうかあ、話してもいいのかあ……」


 テイアーの表情は窺えないが、難しい顔をしていそうな声ではあった。


「じゃあレグルス氏、アステラ・ブレードを出してくれるかい?」

「はい」


 レグルスはいつものように、腰に提げた鞘から抜き放つイメージで、ブレードを発現させた。


「その姿勢じゃないと出しづらいんだったね。原因は僕にも把握できてないんだけどお」


 刀身にテイアーの顔が映りこむ。


「刃はテッラ・アステラで形成されてる」


 ブレードの表面を、テイアーは人差し指でスーッとなぞってから、


「でも中のがねがなあ」


 続けて、ツンツンとつつく。


「響いてくるの、ソール・アステラなんだよねえ……」

「へっ!?」

「わあっ、危ないよお!」


 レグルスが驚いてブレードを動かしてしまい、その動きにテイアーが驚いて仰け反った。


「す、すみません!」

「だ、大丈夫、大丈夫」


 テイアーは胸を押さえて、フーッと息を吐いた。


「ええとね、レグルス氏のアステラは間違いなくテッラだよ。ブレードも、概ねテッラ。でも剣の内側で、ソール・アステラが渦巻いている。ブレードが二重になっているというのか……」

「ソール……?」


 レグルスは、自分のアステラ・ブレードをまじまじと眺める。

 地味な鍔、柄に巻かれた滑り止め用の布、幅広なだけで装飾がまったくない鈍色の刃。


「うーん……おれには、ただの地味な剣にしか見えないです。アステラも、おれのアステラだなあ、としか……」

「このブレードは装飾がないのではなくて、というほうが正しいかも知れないなあ。まあ、自分のブレードだと感じられているなら、問題はないかなあ」

「ぬう……」


 どれだけ口で説明されても、実感はまったくない。自分が感じてもいない秘密を、自分が抱えているかもしれない――と言われても、どうしていいかわかるはずもない。


「あと、今の時代、テッラ・アステラのブレードは地味な方が人気だね」

「へっ、そうなんですか?」

「そうなんですよ。脇役らしい剣のほうが玄人好みらしくてねえ。僕としては、役に格付けするのはちょっと遺憾だし、イカンとも思ってるんだけど」

「……えっと?」


 テイアーは何食わぬ顔で続ける。


「ブレードの特異性については、レグルス氏が自分で気づくまで伝えなくていいって学園長から指示されていたんだけど、知っておいてもらいたい事情でもできたんですかねえ」

「あの、それで……おれのブレード、おかしいんですよね?」

「おかしいですよお。前例もないし」

「……」


 言葉を失ってしまった。そうもはっきり言われてしまっては、返しようもない。


「そのブレードのせいで、レグルス氏はなにか困ったりしましたか?」

「発現しにくいです」

「ほかには?」

「特にはない……かも」

「じゃあ、その程度の問題ってことですよお。変に意識しない方がいいと、僕は考えてます。毎週レグルス氏を見守っていた僕を信じてもらえると嬉しいなあ」


 テイアーは口元をふにゃっと緩ませた。


「……わかりました。気にしないことにします」

「わあ、めちゃくちゃ気にしているねえ。そりゃあ、そうか。レグルス氏の入学が遅らされたのもそのブレードと関係あるかも、って僕は考えているんだけど、それって単に前例がないってだけだから、気にしなくていいんだよ」

「ぬう……」


 どんどん気になる情報が出てくる。もはや唸ることしかできない。


「ああ、入学保留と関係あるっていうのは、僕の推測に過ぎないよ。レグルス氏自身は何も問題ない、きちんとした生徒だからねえ。自分ではどうにもできないところに理由があるんじゃないかと、僕は考えてます」

「ぬうぅ……」

「いやあ、二回も唸られちゃったなあ」


 テイアーはわざと思わせぶりに言っているのではなく、今わかっていることと彼の考えを全部伝えてくれているだけだ、ということはわかる。しかし、レグルスは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。


「レグルス氏、心配そうな顔をしているけどねえ」


 テイアーは、今までと比較すると真面目な口調で、諭すように話し始めた。


「何事も、最初は前例がないんだよ。レグルス氏に続いて、似たようなブレードの持ち主が出てくるかもしれない。だから気負わなくていいんだよ。気になるとは思うけどね」

「最初は、前例がない……」

「そう。誰かが先駆者になり、道を切り拓いていく。その道を後に続くみんなが整えて、誰もが歩ける道になっていく。でもねえ、先頭を行く人は、みんなのために道を作ろうなんてきっと思ってない。自分のために進んだらそこに道ができただけなんじゃないかなあ」

「……なるほどなあ」

「僕、話が下手でねえ。もやもやを増やしちゃったかな。ごめんよ、レグルス氏」


 テイアーはもじゃもじゃ頭をわしゃわしゃと掻きながら謝る。


「まあ、今日の僕の話は、要点だけ覚えていってねえ」

「は、はい」


 レグルスのブレードは、テッラとソールの二種類のアステラからできている――らしい。だが、実感はまったくない。

 教えられたことで、逆に宙ぶらりんになってしまった。

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