スタアリィ☆☆ナイドル

遠野朝里

第一学年の章

序幕 《燃え盛る愛と血》~入学

第一節 チャリティーストーリア

 真昼のごとく輝く姫君は、若君に語る。


『ああ、クロノ。どれだけの愛を織り上げ想いを紡ごうとも、私の光はあなたの目を灼き肌を焦がす』


 宵闇を纏う若君は、姫君に応える。


『ああ、エステーリャ。その緋色のつるぎがこの胸を貫かずとも、我が魂は千々に裂かれた。もうためらうことはない』


 夜の静寂に包まれた城のバルコニーには、二人のほかに誰もいない。向き合う二人を隔てるものはなにもない。

 姫君は緋色に輝く剣を夜空に掲げた。剣からまばゆい光があふれ出す。光が氾濫し、すべてを塗りつぶしていく。夜さえも昼になる。姫君は光の中で美しく輝き、若君の美貌は無残に焼けただれていく。


『誓約をここに』


 姫君は涙しながら唱える。


は来世にて同じ種族に生まれ出会う。来々世にも同じ種族に生まれ出会う。輪廻の限り同じ種族に生まれ出会いを繰り返す。彼我の他には何人たりともこの誓約を破ることあたわず』


 姫君の手にした剣が、若君の胸を貫いた。

 若君の口から血が零れ、同時に、若君の体から生じた安らかな闇が、あたりを包む光と溶け合っていく。


『また会おう、愛しきエステーリャ……』


 若君は姫君をやさしく抱きしめた後、自らの血の上に倒れ伏した。


『クロノ……私も今、おそばに……』


 姫君は、愛する者の血に染まり光を失った剣を自らの首に添え、凄絶な微笑みを浮かべる――


         ◆ ◆ ◆


 舞台が暗転し、場面が転換する。

 優美な円形劇場、その観客席でもひときわ高い位置にある関係者席に、レグルスはいる。


(もうすぐ、あの〝カノープス〟のラストシーン……)


 レグルスは再び、手にした双眼鏡を覗き込む。


         ★ ☆ ★


 滅びた王宮に一筋の光が射す。闇の中に、姫君と若君の亡骸が浮かび上がる。

 深緑の甲冑を身につけた淡萌黄うすもえぎ色の髪の騎士が下手しもてから現れ、二人に駆け寄り、がっくりと膝をつく。


『エステーリャ様、どうして』


 その声に、レグルスの体は震えた。よく通る美しい声に、彼が押し殺しているはずの感情が染みだしている。


『なぜ、この世界は愛し合う二人を引き裂いた? 違う種族に生まれた……それだけで、二人を取り巻くあらゆるものが障害となった。エステーリャ様の幸福だけが、私に残された望みであったのに』


 騎士カノープスの絶望が、痛いほど伝わってくる。彼もまたエステーリャ姫を愛していたのだと、言葉にされずとも理解できる。


『愛し合う二人が共に在ることすら許さないというのか、神よ!』


 舞台上に風が吹き始めた。揺らめく〝アステラ〟の光を孕んだ風。それは、カノープスの悲しみ、愛、怒りだ。淡萌黄色の髪が風に巻き上がり、毛先からその色を黒く変じていく。身につけていた甲冑も、光を吸い込む黒に染まる。

 立ち上がったのは、喪に服す漆黒の騎士。


『今は、二人の新たな旅路を祝福することしかできない……だが、いつか必ず、私は……』


 カノープスは、静かに怒りを滾らせて宣言する。


『世界を変える』


         ◆ ◆ ◆


 カーテンコール。

 拍手が雨のように降り注ぐ中、キャストたちが壇上に現れ、主役から順に一人ずつあいさつをしていく。


「風華の騎士カノープス役、一年、デネボラ・ストーンです。本日はティターニア学園主催チャリティーストーリアをご観覧いただき、真にありがとうございました!」


 三番目にあいさつしたカノープスの――カノープスを演じたデネボラの髪は、淡萌黄色に戻っていた。衣装も、深緑色に戻っている。


「まだ一年生なのか。別格だね、あの子は」


 レグルスの右隣に座っている父が、外した眼鏡を拭きながら言う。


「そうだな。だが、妙だ」


 左隣に座る母は、デネボラを見つめながら怪訝な顔をしている。


「何が妙なの? 僕にはわからなかったけど」


 父の問いに、母はわざとらしくため息をつく。


「相変わらず見る目がないな、エミリオ」

「今さらだなあ、クラリッサ。見る目があったら君と結婚しないよ」

「父さん母さん、やめろよ。せっかくチャリティーを見に来られたのに」


 両親の互いへの軽口はいつものことだが、さすがにレグルスはむっとした。


「ああっ、すまないレグルス。あのデネボラという子があんまり妙なのでな」


 母はそう言うが、レグルスにはデネボラの何が妙なのかまるでわからなかった。わかるのは、デネボラの才能が抜きん出ているということだけだ。


「レグルス」


 眼鏡をかけ直した父が微笑む。


「卒業までに、あの舞台に立てるといいね」

「うん。おれ、頑張るよ」


 レグルスは再び舞台を見つめた。


 悲劇の幕を下ろすのにふさわしい短調のメロディがシアターを満たす。観客退場曲エンディングテーマだ。歌うのは、どんちょうの前に立つ銀髪の女学生だろう。彼女もまた、彼女自身が放つ淡い光――〝アステラ〟を纏っている。


  燃え盛る 愛と血の果て

  流れ堕つ 綺羅星ふたつ

  世界を敵に 想い貫き

  これは 夜明けの始まり

  永い夜の扉を開く 鍵となる物語


 壮大にして幽幻なる〝アステラ・ストーリア〟。それは、この世界の歴史を舞台の上で演じ、現代に生きる人々を神話の時代へと導く演劇。

 歴史にその名を残す騎士を演じ、観客の魂を過去へいざない、その心を今に震わせる者たち――〝騎士ナイト偶像アイドル〟となる者たちを、人は〝ナイドル〟と呼ぶ。

 ナイドルは神々から与えられた神秘の力――アステラで姿を千変万化させ、アステラでかたどった己だけの剣を振るって人々の心を貫き、アステラをきらめかせて舞台を彩る。彼らの演じるストーリアは、神に捧げる儀式であると同時に、人々の心を潤す娯楽でもあり、その人気は絶大だ。


「おれもなりたい。星みたいに輝くナイドルに……!」


 レグルスも、この春からナイドル候補生たちが集う学び舎、〝ティターニア学園〟に入学する――


 はず、だった。

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