「あとでね」
逆立ちパスタ
怖い話だなんて夏の風物詩なのに、なんでこんな寒い時期にやるんだろう。私は鍋をつつきながらぼんやりと目の前で笑い転げる友人達を見た。彼女たちは嬉々として、どこかで聞いたことがあるような話をしている。
「それでね、なんか肩が重いなーって思ったらそこには白い手が……!」
「こわー!やだー!」
酒も回った午前二時に、姦しい声が高く鳴った。私が火が通った白菜を頬張りながら人差し指を口元に近付ければ、彼女たちは慌てたように声のトーンを落とした。
「流石に近所迷惑」
「ごめんごめん!ところでさ、美希はなんか怖い話ないの?」
「ネットで調べればいっぱい出てくるでしょ」
「そういうのじゃなくて、こう、もっとリアルでゾワッとくるやつ!」
期待に満ちた視線を浴びながら、そんな経験はあったろうかと頭をひねった。ふと、私はとある話を思い出し声を上げる。
「あ、ひとつなら」
「聞きたい!」
「教えて教えて!」
また盛り上がり始めた彼女たちを諌めるように私は缶チューハイを煽った。
「いいよ。じゃあ話すね」
私の父には友達がいた。いわゆる幼馴染という奴で、二人ともまだ幼稚園の頃から毎日遊んでいたらしい。ゲームも遊具もない田舎だったから、裏山を探検したり追いかけっこで走り回ったりしていたそうだ。父は朝が弱く、一日の始まりは決まってその幼馴染が起こしに来たという。
「起きてよ健人。遊びに行こう」
と布団からはみ出た足に触って父を起こすのが、幼馴染の日課だった。
しかし、この二人の馴染みの朝は長く続かなかった。健人は都会に引っ越すことになり、離ればなれになったのだ。二人はしばらくの間手紙でやり取りをしていたが、やがてそれも疎遠になり父は社会人になった。
ある日、仕事で疲れ果てた父は自宅のベッドで滾々と眠っていた。次の日は休日だから思う存分休めると、安心してアラームもかけずに眠りについたのだ。
その日、父は夢を見た。懐かしい田舎の夢だった。誰かが足に触れ、自分を呼ぶのがわかったらしい。
「起きてよ健人。遊びに行こう」
父は、それが幼馴染だとすぐに理解した。だがあまりの疲れに遊びに行く気分ではない、とこう言ったのだ。
「今は行かない。あとでな」
すると、幼馴染はすっかり黙り込んだ。しばしの沈黙の後、幼馴染はただ一言残していなくなった。
「あとでね」
そこで父の目は覚めた。あまりのリアリティに寝汗がひどかったらしい。
父は久しぶりに、幼馴染に連絡を取ることにした。幸運なことに連絡先は変わっておらず、電話をかければ長いコール音がしてから幼馴染の母親が出た。
なんと、父が電話をかけた朝に幼馴染は亡くなったという。不慮の事故だった。父は大変悲しんだが、きっと幼馴染は自分に最期の挨拶をしに来てくれたのだろうと思うことにしたらしい。田舎に帰る度、父は仲が良かった幼馴染を思い出すという。
「こんな感じの話なんだけど」
「思ったより怖くないね」
「さっきの白い手の方が怖いって」
またきゃあきゃあと友達たちが話し始める。私は深く息を吐いてから続きを話すことにした。
「でもさ、おかしくない?」
「何が?」
「最期の挨拶なのに「あとでね」って」
部屋が静まり返った。私が言わんとすることを理解したらしく、引きつった笑顔で目の前の彼女が言う。
「え、やめてよちょっと」
「お父さんは美談にしようとしてたけど、その会話の流れで「あとでね」はおかしいんだよ」
「ねえやめようよ、別の話しよう」
「多分その幼馴染さんってお父さんのこと迎えに」
「美希ッ!」
飛んできた鋭い一言にびっくりして目を丸くすれば、怯えたような目がこちらを睨んでいる。
「……ごめんごめん。この話やめよっか」
「あれ、お酒足りてる?もう冷蔵庫の中ないけど」
「コンビニまで買いに行こっ!」
元の空気に戻そうと慌ただしく彼女たちが立ち上がるのを見ながら、私はまたため息を吐いた。
だからこんな時期に怖い話なんてしなければいいのに。
「あとでね」 逆立ちパスタ @sakadachi-pasta
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