特対班物語(仮) —外伝—
大地 鷲
聖夜巡逢 ― 特対班物語・冬 ―
リコとジャッキー
ホワイトイルミネーション――
旧世紀から続く伝統的とも言えるこの行事は、「さっぽろ雪まつり」と並んですっかり冬の札幌の風物詩となった感が強い。
冬がせっかちに夜の帳を下ろす頃、小さな光たちが札幌の中心部を彩り始める――
続く大通り公園や駅前通りの街路樹が色鮮やかなLEDに飾られ街を幻想的にする。それは大通り公園から続く旧テレビ塔広場も例外無く彩っていた――ここには、旧テレビ塔の一部であった鉄骨とそれを支えていたはずの台座が残されている。
二一XX年、日本を含むアジア諸国に前代未聞の災厄が文字通り降りかかった――深淵なる宇宙から巨大な隕石群が降り注いだのだ。
「空が落ちてきた」とまで形容されたその災害は、国内各地でも大きな被害をもたらしたが、その中でも完膚なきまでに叩きのめされたのは北海道であった。特に札幌市は生存率0%と言われるまでの空前絶後の大損害を被り、現在の繁栄を手にするまで多大な労力と長い年月を要していた。
後年、<大空落>と呼ばれるこの災害の証として、痛々しい様相の赤茶けた大きな残骸は敢えて残されたのであった。
ホワイトイルミネーションの柔らかく淡い光は、道往く人々に幾許かのぬくもりを授けるだけではなく、札幌のそんな大きな傷跡さえも優しく包み込んでいた。
ただ、今夜の月はくっきりと夜空に浮かび、いつも以上に寒々しい蒼色に染まっている。街路灯に併設された寒暖計があっという間に氷点下に突入した。
それでも通りにはいつも以上に人影が多かった。若い男女のカップルが多かったのは今日という日がクリスマス・イヴであったからかもしれない。
真冬の最中にも暖かな色の花が咲き乱れ、柔らかなBGMにも彩られた
ささやかな幸福に包まれたたくさんの笑顔。どれもが街路樹に羽を休める光の妖精に向けられていた。
「わぁ、やっぱりきれいだね!」
そんな中で、一際素晴らしい笑顔が一つ。
地味な紺色のダッフルコートをまとった女子中学生らしき娘が、あどけない笑みを浮かべていた。嬉しそうにイルミネーションを指さし、隣の母親であろう女性に話しかける姿は、心底楽しそうだ。
甘えるように母親の腕にまとわりつく仕草を見せると、手を引いて先へと急かせる。
彼女を知るクラスメートがこれを見れば、目を丸くするだろう。学校での彼女は沈着冷静、清楚繊細なクールビューティとして知られているからだ。
母親の方は娘に引っ張られるままで苦笑を浮かべていたが、その目には優しい色が湛えられていた。
同僚がこの場に居れば、茶化されるに違いない。仕事中の彼女は鋭利な刃物の如き視線で
特対班――正式名称、北海道警察公安部特別犯罪対策班。
激増し、エスカレートする犯罪に対する切り札として設立された組織である。犯罪者を『逮捕』ではなく、『退治』することさえ可能な殺人許可証を持つ捜査官の集団である。
何故、そこまでの権限を持つ特別捜査官を配置しなければならないのか。
その理由は、札幌市の現状にあった――今や札幌は世界でも有数の犯罪都市と化していたのだ。
その原因も大元を質せば<大空落>にあった。
未曾有の災害により消失してしまった札幌市を再建した際に、
繁栄と飽食の象徴たる
猛者の集う特対班の中でも彼女――ジャッキーことジャクリーン・ニルヴァーンは二挺拳銃を自在に操る
しかし、そんな彼女も娘の前では一人の母親だった。光の花咲く街路樹の道を娘の思うがままに引っ張り回されている。
「ほら、リコ。気をつけて歩かないと転んでしまいますわよ」
言った矢先に娘の足が薄い氷の上を滑る。
「うわっ!」
娘のリコ・ニルヴァーンの足が凍る歩道から離れそうになった瞬間、ジャッキーが娘の手をぐいっと引く。
「親の言うことはしっかりと聴くものよ?」
「えっへへー」
事無きを得た当の愛娘はぺろっと舌を出していた。
やれやれといった溜息が母親の口から漏れたが、その口元には微笑が浮かんでいる。
今日はジャッキーにとっては一ヶ月振りの非番だった。
十二月。
一年の締めくくりの月であり、色々と忙しくなる時期だ。
警察にしても歳末警戒でいつも以上に犯罪に対しては過敏となる――そんなときに公休なんて、とも思ったジャッキーであったが、仲間たちの計らいで休みをもらったのである。
しかし、非番とは言え、
「今日は、
確認するような科白を口にした母親は、久しぶりに娘とのクリスマスを楽しもうと、二人揃って街へと出掛けてきたのだった。
手始めにホワイトイルミネーションを見物し、親子水入らずのパーティの為にオードブルだのケーキだのを注文し、最後に駅前のデパートでリコの新しいムートンブーツをクリスマスプレゼントに買って、帰宅の途に付いたそのとき――
携帯端末が激しく振動した。
反射的にジャッキーの指先が端末の『通話』ボタンを押していた。
何度かの首肯、そして相槌。最後に口にした「了解」の言葉まで、毎回の緊急呼出と全く同じ応対だった。
いつものこと――特対班の捜査官である以上は、犯罪に対しては迅速に対応しなくてはならない。本部からの呼出は絶対だ。
今までリコには散々寂しい思いをさせてきた。
小学校の運動会や学芸会は見たことがなかったし、授業参観さえもまともに出席できなかった。辛うじて、入学式と卒業式だけは何とか見ることができたが、最初から最後まで見た訳ではないし、それも仲間たちの
だから、今回こそは――と思ってはみたものの、それも淡い期待だったようだ。
自分の前にいるリコに声を掛けないといけない。
しかし、そう思っても中々声が出てこない。
いつものことなのに、それが思うようにできない。
言葉が
前を歩くリコが振り返らずに足を止めた。
「かーちゃん――」
そして、くるりと母親の方に向き直った娘の顔は笑っていた。
「――いってらっしゃい!」
リコはびしっと敬礼の姿勢を取る。
「仕方ないのは分かってる。かーちゃんは『特対班捜査官』で、わたしはその娘! いつものことだよ。……だから、大丈夫。わたしは先に帰ってるから心配しないで!」
一言一言、噛みしめるように紡がれる娘の言葉は、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
リコはもう一度にっこり笑って手を振ると、踵を返してそのままゆっくり歩き出す。
ジャッキーはそれ以上声を掛けることができなかった。ぐっと奥歯を噛んで、「――いってきますわ」と小さく呟くのが精一杯であった。
クリスマスの雑踏に紛れていくリコの後姿。
どこか強がりが滲む娘の背中から無理矢理視線を引き剥がすと、ジャッキーはそれ以上振り返らず、署に向かって大股で歩き出す。その顔は何時しか母親から特対班捜査官のものに変わっていた。
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