タバコと香水

@tanbasin

第1話

 最近タバコに手を出した。一人でいる時に口元の寂しさを紛らわすのにちょうど良かった。時刻は夜の十時過ぎ、寒空の下でまたタバコをふかす。ちょっと前まで住んでいたところは近くに喫煙所があったのだが、越して来た先の家の近くには喫煙所がない。しかも携帯灰皿を持つほど吸うわけでもないので、やむなく近所の側溝のある場所でコソコソ吸っている。住宅街なので見つかったらしこたま怒られそうだが、今のところ問題は起きていない。

 俺はタバコを吸う時のルールをいくつか自分に課している。まず歩きタバコをしない。基本的なマナーである。もともと嫌煙家だった時にどれほど歩きタバコが迷惑か身に染みているからだ。次に吸い殻を道端に捨てない。喫煙所が近くにないと困るのが主にこのルールのためだ。とはいえ側溝に捨てて流してしまうのはグレーゾーンだが…仕方ない。最後に吸わない人の前では吸わない。特に女性。男性で許す人の前なら吸うが、女性は許す許さない関係なく、吸っていなかったら絶対に吸わない。臭わせるのも避けるようにしている。だからタバコと一緒に口臭対策のミントと手持ちできる香水を常に持ち歩いている。香水では匂いが消せないかと思った時もあったが、幸いうまい具合に匂いをかき消してくれている。しかもこの二つ別にタバコを吸わなくても持ち歩いていて損はない。気分が乗らない時にミントを噛んで香水をかければそれなりにリフレッシュができる。

 じゃあタバコはいらないんじゃないかと思うことも確かにある。でもタバコじゃないと解消できない感情があることに最近になって気づいた。というよりも最近になってその感情を持つ場面が増えたのだろう。好きでも嫌いでもその気持ちを隠さなければならない。そんな場面ばかりだ。なるほど大人の人たちはだからタバコを吸うんだなとようやく理解した。と思う。実際はわからない。自分はそう思っているという事ぐらいしか保証ができない。

 そんなことを考えているだけでタバコの一本がそろそろ燃え尽きそうになる。最近吸い始めたばかりだから自分がよく吸う銘柄もはっきり言えないのはちょっとアレかと思い、最近は覚えるようにしている。ピースの…アロマ・ロイヤルだったか。店頭での注文は基本番号で言うようにしている。銘柄がわからない店員がいる可能性とかも考えていないわけでもないが、誤魔化さないで言えば銘柄を覚えていないからだ。

 そもそも記憶力には自信がない。よく絵だとか字だとか記憶力が良いと綺麗とか言われるが、俺は両方ともさっぱりである。そのことからも自分の記憶力のなさはひしひしと感じている。まず人の名前を覚えられないし、すでに二年前の記憶だって曖昧だ。

 小中高と卒業入学のたびに知り合いがゼロからのスタートだったのもあるが、今ではほぼ仲が良かった奴らとの交流もなければ思い出もほとんどない。唯一元カノの記憶が少しあるが、喧嘩別れだったので連絡も取ってない。去年の頭にふと気まぐれで「あけおめ」と送ってみたが既読すらつかなかった。今頃何をしているんだろう?元気に大学生でもやって、新しい彼氏でもできたかなー?

 タバコが燃え尽きた。もう帰ろう。ミントを一つ口に放り込み、コートに香水を吹きかけて足早に家に向かう。特に誰かと会うわけでもないが自分の服にタバコの匂いが付いているのはいささか気になる。

 明日も予定はない。

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