堅井さんの調書

@harunami4

調書ー1冊目ー

 よお。俺だ。堅井(かたい)だぜ。仕事は「じんもん」だ。俺が「とりしらべしつ」と呼ばれる闇に閉ざされた部屋にいると、「ひぎしゃ」だかって奴が入ってくるんだ。そして俺の対面へ座り何やら話しだすんだ。基本的には何のことやらさっぱり分からねぇんだが、そいつに「つみ」とやらを「みとめさせる」ことが俺の仕事だ。仕事が終わらなきゃ俺はお家に帰れない・・・。全くめんどくせぇ仕事だぜ。・・・なんだ。今日も誰か来たな。しょうがねぇな、暇だから付き合ってやるとするか・・・。


 「そこへ座りな・・・」

俺が「ひぎしゃ」を席に着くように促す。入ってきた人間は2人。何やら制服をビシッと着込んだいけすかねぇ柔囲(やわい)とかいうガキと「ひぎしゃ」と呼ばれる人間。どうやら「ひぎしゃ」は驚いているようだった。奴らはいつもそうだ。俺を見るなり怯えたように萎縮しちまう。やれやれだぜ。

「堅井さん、失礼ですよ。席を立って、葉巻を消して下さい。それと室内でサングラスは意味ないので外しましょう」

なんだおい矢継ぎ早に。忘れてただけなのに。柔囲の野郎、それにしたってそんな怒った感じで言わなくてもいいだろうが。

「すいません。失礼な人で」

おいおい、初対面の人間に対する紹介の仕方じゃねえだろうが。お前が頭を下げると俺の方が格下みたいじゃねぇか・・・。

「それでは、取り調べを始めさせていただきます。取調官は堅井、立会は柔囲が担当させていただきます。なお会話の内容は記録させていただきますのでご了承をお願いいたします。なお、本取り調べにおきましては・・・」

始まったぜ・・・何か早口で言ってやがる。怖い。

「では、被疑者の名前は・・・」

「おい・・・!よせ」

出来るだけ渋く。身振り手振りも渋くゆっくりと力強く柔囲を制す。さっきの失態を取り返す・・・!

「俺ぁ、てめぇの口から聞きてぇな・・・。てめぇの名は」

一瞬の沈黙。柔囲のガキと「ひぎしゃ」が顔を見合わせる。次に口を開くのはてめぇだぜ・・・「ひぎしゃ」さんよ・・・。

「・・・気を取り直しまして、被疑者の名前は、一谷いちたに 康夫やすお。年齢35歳」

クソガキが・・・!俺を無視しやがった・・・!

「以下、罪状等につきましては、堅井さん、書類を参考に取り調べを開始してください」

・・・ふん。誰がガキの言うことに従うものか。少々面食らったがガキんちょの役目はこれで終わりだ。これからは俺の時間だぜ。

「康夫さんか・・・あんた、いったい何をやったんだい・・・」

いつものように「しょるい」には目を通していない。漢字が読めないからな。

「僕は・・・何もやっていない。悪いけど何もわからないんだ」

おいそりゃないぜ。俺たち二人何も知らないもの同士なにを話せばいいんだ。柔囲が俺を睨む。

「それはないだろう・・・あんたは「ひぎしゃ」として俺の前にいるんだ。あんたが「さんこうにん」でもない限り、俺はあんたに質問するのを止めないぜ」

「ひぎしゃ」と「さんこうにん」の違いはこの間、柔囲の坊やに習ったぜ。

「もう一度聞こうか・・・。あんたは一体なにをしたんだ?」

「だ、だから私はなにも・・・」

目を伏せる康夫。間違いねぇな・・・。やっこさん、何かとんでもないことをしでかしちまいやがった。

「柔囲・・・こいつぁ、何をしたんだい」

やれやれといった様子で、柔囲がこちらに顔を近づける。なぜこそこそと男らしくない喋り方をしなけりゃなんねぇんだ。

「堅井さん、あなたまた書類を読んでないですね?」

こりゃ驚いたぜ・・・。柔囲は気付いていやがった。

「あぁ・・・それがどうした」

「それがどうしたじゃないですよ。いい加減にしないと職務怠慢を上司に報告しますからね」

な、なに。「しょくむたいまん」だと!?難しい言葉を使いやがって、俺を混乱させる気だなこいつ。しかも「じょうし」にほにゃらら言い出しやがった。それは不味い。怒られる。

「分かったよ・・・すまねぇな。今度から読んでおくよ」

「今度じゃないです。今、目を通してください」

こ、この野郎、こっちが下手に出りゃ調子に乗りやがって・・・!まぁ、しかし「じょうし」にほにゃららされるとアレだから今だけは従っておくか。・・・やはりな。漢字が多くて読みにくい。

「・・・ふん。康夫さんよ。あんた、「せっとう」をやらかしてやないかい?」

「せっとう」ってなんだっけ?

「ぼ、ぼくはやってないって言ってるだろ・・・」

「民家に、し、「しんにゅう」し・・・小娘の下着をこそこそ集めてるらしいじゃねぇか」

「やってないって言ってるだろ!」

・・・!?急に大きい声出すんじゃねぇ!ちょっと驚いちまっただろうが!こうなりゃこっちもビビらせてやるぜ!!

「ふざけんじゃねぇ!!!」

「!?」

思い切り机も叩く。手が痛い。でもやったぜ、ビビらせてやった。俺の方がでけぇ声が出たな康夫さんよ。

「・・・。」

「・・・?」

なんだ・・・なんの沈黙だ?おい柔囲、なんだこれは。

「あの・・・堅井さん?ふざけんじゃねぇとは何に対してか言わないと、一谷さんが困っています」

何に対してか・・・?なんだそれは。また柔囲に目配せをする。お前の言ってることはよく分からねぇ。ちゃんと分かるように言え。

「つまり・・・その・・・言葉づかいじゃないですかね?堅井さんの方が年上だからという・・・ね」

・・・あ、あぁ、そうだよ。俺の方が年上じゃねぇか・・・。俺の方が年上じゃねぇか!

「す、すいませんでした。堅井さん。つい大声を出してしまって。でも僕はやってないんです。本当です!信じてください!」

なんだこいつは・・・勝手にボルテージが上がってきやがった。どうやらそのテンションに付き合う必要があるみたいだな・・・!

「あぁ・・・信じるに「あたい」する人間かどうかは、俺が決めることだ・・・。どうだ康夫よ・・・、あんたは俺の目を見て、嘘をつけるような人間かい・・・?」

ズイと奴の方へ体を傾ける。奴も俺に応えようと俺の目を覗き込んでくる。

「やってません・・・!本当です・・・!」

康夫の目が俺に訴えかけてくる・・・!これは・・・この康夫は本物だ!本物の康夫だ!!

「参ったよ康夫・・・。あんたは本物だ。信じてやるよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!堅井さん!」

「ちょ、ちょっと堅井さん!何を根拠に・・・!」

「うるせぇ!ガキが出しゃばるんじゃねぇ!」

俺は柔囲を手で制す。

「俺が信じたと言ったら、信じるんだ。男に二言は無ぇ・・・!」

決まった・・・!ずっと前から一度は言ってみたかったセリフだ・・・!

「だ、だから意味が分かりません!この男が監視カメラに写っていて・・・」

「あれは似た別の人だと・・・」

男に二言は無ぇ・・・!なんてかっこいいセリフなんだ。男に二げっ、二言は無ぇ・・・!何度言ってもかっこいい。・・・なんだようるせぇな。

「犯行時間帯にあなたの姿は会社にも家にもなかった!」

「なぜアリバイがないと犯人にされないといけないんだ!」

「ではなぜあなたの所有物である、会社のボールペンが被害者宅の庭に落ちているんだ!」

「だ、だからそれは、近くを通りがかった時に落としたと言ったじゃないか」

「被害者宅付近はあなたの通勤路でもなく、徒歩で移動するには最低でも30分はかかる。なぜそのような道を会社の休憩時間に通る必要があったんですか!?」

「べ、別に休憩時間にどこへいこうと僕の勝手だろ・・・!」

「目撃証言まで出てるんですよ!?あなたに似た男がこそこそと被害者宅へ入っていくところを見た、と!」

「そ、そんなもの何の証拠にもならないね。そいつが本当で嘘で僕が本当かも知れないだろ」

なにか盛り上がってるな・・・。本物の康夫が俺をキッと睨み俺に訴える。

「堅井さん、僕のことを信じてくれるんですよね!?」

見た目に寄らず情熱的じゃねぇか・・・この康夫。柔囲が必死に俺に訴える。

「堅井さん、まだ罪を認めてさせてないですよ!証拠は揃っているんです!あとは認めさせるだけです!」

「つみ」を・・・「みとめさせる」・・・?

・・・!?俺の仕事は「つみ」を「みとめさせる」事だ!!俺の頭の中を奴らの言葉が駆け巡る・・・!

「はんこうじかんたいにはいなかった・・・」「ひがいしゃたくにぼーるぺん・・・」「つうきんろ・・・」「とおるひつよう・・・」「もくげきしょうげん・・・」「こそこそと・・・」「ほんとうで・・・うそで・・・」

様々な平仮名が湧き出てくる・・・!証拠はあるはずだ・・・!康夫に突きつけるべき証拠が・・・!どれだ・・・!どれが証拠だ・・・!・・・あった!これだ!!

「康夫・・・」

俺が口を開く。二人とも俺に注目する。次だ・・・。次の瞬間に勝負は決する。

「てめぇ・・・なぜ「こそこそと」民家へ入っていったんだ・・・?」

唖然とする二人。やってやったぜ。びっくりしただろ。しどろもどろに康夫が言い訳を始める。

「え、あぁ、えーと・・・やっぱり、悪いことする時は、こそこそしないと見つかったら不味いから・・・ですかね?」

「馬鹿野郎!!!!」

机を思い切り叩く。やっぱり痛い。

「男なら・・・堂々としていやがれ!!」

「そ、そういう問題ですかね・・・?」

康夫はまだビクビクしている。ここでまた詰める!

「そうだ・・・!堂々とだ・・・!堂々としていればその民家の住人と思われるだろうが・・・!堂々としていなかったのがお前が「はんにん」である証拠だ・・・!」

また決まったぜ。

「え、あ、しょ、証拠?つまり僕がこそこそと民家に入ったということが証拠・・・?ば、馬鹿馬鹿しい。僕はこそこそと民家になんて入っていないです!」

まだ狼狽えていやがる。ここで決定的な証拠を突きつけてやるぜ。

「証拠だ・・・。お前には教えていなかったが、俺にはある「とくしゅのうりょく」がある。それはな・・・相手が嘘をついているか、本当のことを言っているかどうかが分かる「とくしゅのうりょく」だ。今お前は「こそこそと民家に入っていない」と言ったな。だがそれは嘘だ・・・」

「なっ、なにを言っているんだあなたは」

確信を突かれて焦ってやがるな。

「悪いがな・・・俺には分かるんだ・・・。嘘はついちゃいけねぇ」

「で、でもあんた、僕を信じるって・・・」

「あれはな・・・康夫・・・嘘だ」

「う、くく・・・うぅ・・・」

崩れ落ちる康夫。泣くんじゃねぇ・・・。俺だって辛いんだぜ・・・。ちくしょぅ・・・目から水が・・・。

「な、なんか、これ一応自白ということでいいんでしょうか?」

水を差すな!ガキんちょが!

「えーっと・・・まぁはい。一応自白で。一谷 康夫さん、こちらへ」

康夫が柔囲に連れられて部屋を出ていく。まて・・・!柔囲・・・!まだ俺は聞いちゃいねぇ・・・!康夫・・・!康夫・・・!お前、一体どんな下着をとったんだい・・・!!


 康夫のその後を俺は知らない。聞いた話では別の取調官が「せいしき」に「ちょうしょ」を取り、「じはく」させたとか。俺には分からねぇことだらけだが、たった一つだけ、俺にも分かることがある。それは俺があいつを信じていることと、あと一つは、康夫は今でもどこかでこそこそと下着を取っているということだ。いつか、また、あいつと会うことが出来たら、見せて貰いたいねぇ・・・。あいつのとった下着を・・・。

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