アトラ①


 温かい紅茶を出されてそれが冷めるまで、アサナギはずっとうつむいていた。

 カルマが破壊された。幸いAI部分には損傷がなく、ドールの素体とコードを取り換えれば済むような損傷だった。しかし床に倒れていたカルマの服を着たただの木の人形を見て、アサナギはどれだけ肝が冷えたか。覚悟はしていても、この目で現場を見るのは初めてだった。

 

 「アサナギ。君の憂い顔もいいが、そろそろ気持ちを切り替えてほしいな。終わってしまったことは仕方がない」

  

 甘いようで厳しい事を言ったのはミモザだ。一人にするには不安なアサナギを、工房の修理場に呼んだのは彼女だった。

 つい最近にこの部屋にて修理されていたのはカルマだ。そして彼は何があったかを伝えて、自分で歩き部屋に戻り、そして部屋にこもったらしい。

 そして真面目な彼女は自分に責任を感じている。顔はずっと青く、食事もろくにとっていない様子だ。

 

 「今回は上層部の読み間違いが敗因だよ。ファレノをまさかスパイだとは思わなかった。だからカルマの初任務として与えたんだから」

 「はい」

 「その中でカルマはとてもよくやった。ファレノの情報をつかみ、ユミルを破壊したんだ。ユミルは外部の記憶媒体を利用しているとは思うけど、それでも大部分の情報はユミルの頭脳にあったはず。それの持ち帰りすら阻止したんだからお手柄だよ」

 「はい」

 

 アサナギの返事には生気がこもっていなかった。それも仕方ない事かもしれない。今回の事で誰もアサナギやカルマを責めなかった。それどころかカルマの手柄を褒めた。ミモザのしたような慰めだってもう何度も聞いたことだろう。

 きっとそういうことではない。カルマが機能停止した事、そして強敵を倒した事が原因だ。

  

 「私、思っていたより辛かったみたいです。もうレダの事で失う事に慣れたつもりだったのに」

 「……うん。そうだね。直接破壊を見たんだ。レダの時とはまるで違う」

 

 感情を言葉にしていくアサナギを途切れないようミモザは同調する。感情を言葉にできるならした方がいい。吐き出さなければいつかアサナギが潰れてしまう。

 完全に破壊されてはいないものの、機能停止まで破壊されたカルマを見てショックを受けた。そしてレダも自分の見ていないところでこうなっているのではと考えて、さらにショックが膨れ上がっている。

 たかがドールの破壊、とは言えない。彼らは人間に近い容姿に思考を持つ。例え復元して蘇るとしても、なれないうちは親しい者の死と同様のショックがあるはずだ。

 

 「それに、カルマは明らかに格上の存在を倒しました。私はそれが恐ろしい」

 「恐ろしい?誇らしいとかじゃなくて?」

 「レダと同じようになってしまうから……」

 

 やっと吐き出したようなその言葉からミモザはアサナギの長く悩んでいた思いを知った。アサナギは本当はレダとのコンビ解消が辛かったのだろう。考えてみても、不幸な生い立ちの十代少女がようやく見つけた理解者だ。戦術的にコンビ解消しなくてはならないとわかっていて、だから我儘は口にせず了承しただけに過ぎない。また同じような事があれば彼女の心は潰れかねない。

 

 「せめて私が前線に出れればこんな事にはならないのに」

 「待って、それはきりがない。そのもしもの話だけはやめよう」

 

 大人として、ミモザはさらにアサナギが落ち込まないようもしもの話を止めた。アサナギはその魔力から大事にされている。例え体が万全であっても彼女だけは前線に出ることはない。なのに彼女は聴力があれば体力があればという話をしている。そんな話に意味はなく、ただ自分を責めるだけだ。

 

 「もし上からカルマとのコンビ解消の話が出るようであれば、レダの話を出してやればいい。コンビ解消の要望をすでに一度君は聞いたんだ。君が譲る場面ではない」

 

 

 

 

 

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