ジュリエット③


  「もしかして、ニルさんとジュリエットは恋愛関係にありましたか?」

 「!?」

 

 直感によるアサナギの質問にニルはわかりやすく震えた。やはりとアサナギは確信する。彼はあまり訓練熱心ではない。なのにアサナギと同クラスにいるとしたら、素質があってそこからある抜け道を使い強化したのだろう。

 

 「マスターとドールとの恋愛は工房も許可しています。もっとも、それはドールの育成のためです。恋愛によりドールの思考は著しく成長するので。……まぁ、成長具合に偏りがある説もありますけど」

 「そ、そうだろう?僕は何も悪くない、何も違反なんてしていないのだから!」

 

 強化の抜け道とは恋愛だ。違法ではないが奨励もされていない。マスターの配偶者など人間関係に左右するし、恋愛に至れるような、知的な会話が出来るドールが少ないからだ。

  確かにドールはモノ扱いより人間扱いをする方が成長はする。評価の点数をつける事より、感謝の言葉などが嬉しい事もある。恋愛ともなれば急激な成長もするだろう。

 しかしそれだけの威力を持つ行為は反動も大きい。恋愛にはトラブルがつきものなのだから。

 

 「その恋愛感情から二人は争うのかもしれません。ジュリからしてみれば必死の思いで任務から帰って来ました。なのに帰ってきたら自分の代わりとマスターがいちゃついていた、というのは激怒することでしょうね」

 「うっ……」

 「一方エットも。ジュリが帰って来たら自分はお役御免です。そうして貴方と会えなくなるくらいなら黙っていられない。そうして引けなくなったのでしょう」

 「あぁ……」

 

 ニルは手で何も反論できず呻いた。恋愛していたからこそ二人は激しく争った。これはマスターとドールの恋愛を禁止した方がいい位の前例になりそうだ。

  

 「ジュリエット達もたった一ヶ月しか違いがないのに、なんでこう、仲良くできないんだ……」

 「一ヶ月って、あんた一ヶ月も我慢できなかったのか?」

 

 思わずカルマも突っ込む。ジュリの帰還には一ヶ月もかかったらしい。その間にエットが復元したとは、かなり薄情ではないかとカルマは思う。ドールからしてみれば一ヶ月は探してほしい、復元するのも待って欲しい。もちろん任務に支障をきたしマスターの地位が危うくなることは望まないが。

 それでもよほど絶望的な状況でない限り、待って欲しいと思うだろう。

 

 「一ヶ月でも僕は耐えられなかったんだ!恋人を失ったんだぞ!でも蘇る事ができるんだぞ!すぐに蘇らせるに決まっているじゃないか!」

 

 感情任せな子供のような発言だが、それも人間の恋愛感情らしいものかもしれない、とカルマは考える。

 ニルには耐えられなかった。恋人を失った事実でさえ辛く、悪い夢としたかった。なので早急に復元したのだ。

 そんな人間の愛にカルマは感動した。愛を知らないわけではない。アサナギには姉のように小言を言われ、リシテアにはお嬢様ノロケをされ、ミモザにはフリルを着せられ大事にされている。ニルとジュリエット達のそれは彼の知らない愛の形だ。

 

 「少し待って下さい。さっき片付け中にミモザさんから連絡がありました」

 

 その感動に水をさすようにアサナギは端末を取り出した。そして画面になにやら細かな数字を表示させる。

 

 「これはニルさんの商業施設の利用履歴です。支払いはジュリエット。ミネラルウォーターもキッチンペーパーも、全てジュリエットが購入したという履歴です。その時間帯にニルさんは部屋にいたという記録もあります」

 「……」

 「そしてニルさんが工房に復元をお願いしたのは任務翌日。つまり翌日には諦めていたみたいですね。工房も復元に時間がかかりますし」

 

 冷たい目をしてアサナギはミモザの送った『証拠』をまとめて読み上げた。

 つまりニルはジュリエットの恋人でありながら、彼女をこき使っていた。ドールなら重い物も簡単に運べるが、だからといってそれは恋人にやらせる事ではない。

 そして復元を決意するまでの期間が短かすぎる。耐えられないというのはニルの気持ちではない。ニルの生活だ。

 カルマは感動した気持ちが台無しになった。

 

 

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