ジュリエット①


 そのきっかけはリシテアに命じられた護送任務でのこと。

 

 普段メイドのように働く彼女も、政府と工房の命令とあらば戦う。今回リシテアに与えられた仕事は、危険地帯にて要人を護衛し送り届ける事だった。詳細は機密事項であり、アサナギもリシテアも知らない。

 しかしその任務後。彼女はドールを拾った。

 人の姿をしていない、動く気配のない、瓦礫に埋もれた素体のドールを発見したのだった。姿は人形なので特徴がないが、着ていた服はところどころ傷んでいるものの、凝った作りの女性物であるためミモザ作だとリシテアは察した。その後彼女は端末でアサナギに連絡し、アサナギからさらに工房のミモザに連絡する。

 おそらくだが、任務途中ロストしたはずのドール・ジュリエットではないか、というのがミモザの見解だ。そしてその場にいるリシテアに回収命令が下された。ドールは可能な限りに回収しなければならない。そうでなければ敵の戦力になりかねないからだ。そしてリシテアは細身だが魔力で補強した腕力で、そのドールを持ち帰った。 

 

 『そのドールの名前はジュリエットという。任務中行方不明になったのだが、リシテアのおかげで奇跡的に帰還。AI部分は無事だったという事でマスターの元に戻ったそうだよ』

 

 携帯端末から聞こえるミモザの声。もといリシテアを通して伝わる振動。

 アサナギはそれを聞いてどこか違和感を覚えた。ミモザの声は朗報を伝えてるのに、どこか晴れない。普段のミモザなら我が子同然のドールの無事を喜ぶだろう。

 

 『まぁ、詳しくは本人たちに会って聞いて欲しい。これはある意味任務だが、アサナギの意見を参考にしたい。決定は君に任せる』

 「はぁ。それで、そのジュリエット達に何があったんです?」

 『詳しくは本人たちに会って聞いて欲しい』

 

 二度目である。よほどミモザはアサナギに言いたくない様子だ。しかし事前に情報を聞かねばどうしようもない。そんな事にアサナギに決定権が与えられても困る。

 

 『ああ、連れていくならカルマがいいな。リシテアではジュリエット達には恩人だがそれ故にトラブルになりかねない。いいかい、必ずカルマだけを連れて行くのだよ』

 

 ミモザは最後までその任務がなんであるかを語らず、同行者について念を押す。リシテアはジュリエットにとってここまで連れ戻した恩人であるはずだ。なのに彼女は連れて行かないほうがいいというのが気になる。

 

 今回の任務。それはアサナギとカルマが、ジュリエットとそのマスターの状態を確認、その後判断を下し工房へ報告することだった。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 「って、また工房のお使いかよ」

 

 相変わらずの王子風ファッションで、カルマは不機嫌さを堂々と表に出し歩いた。場所はジュリエットとそのマスターの住居。それはアサナギの住居と近く、お陰でカルマの愚痴は短くて済む。

 

 「俺はいつになったら政府からの戦闘任務が来るんだ?」

 「いつかは来ますよ。それまで訓練雑用あるのみです。では呼び出しボタンを押します」

 

 アサナギが細い指先でインターホンを押そうとした時、部屋の中から女の悲鳴が聞こえた。一瞬カルマと視線は合わせる。しかし悲鳴は止まない。とりあえずボタンを押して見る。しかし扉もインターホンも反応はなく悲鳴は続く。ガラスの割れる音、何か大きなものがひっくり帰る音がして、これは緊急事態だと、アサナギは無理矢理扉を開いた。鍵は開いていた。カルマが先に踏み込む。

 いざというときには介入してこのトラブルを解決せねばならない。そしてアサナギを連れて逃げる事も考えなくてはならない。

 

 しかし二人が見たのは想像してたものとまるで違った。

 

 崩れた家具。床に散乱する食器の欠片。そして取っ組み合いの喧嘩をしている女性二人。先程の悲鳴は彼女達のものだろう。そして彼女達は同じ顔をしていた。どちらもセミロングの深い茶の髪。アイドルを思わせるような華やかで魅力的な顔立ち。しかしその表情は怒りだ。どちらもお互いを睨みあっている。

 

 「だから、あんたは偽物なの!さっさと帰りなさいよね!」

 「はあ?なに言ってんのよこの古株!古参!あんたなんか私より長く生きてるだけでしょ!?」

 「それだけ長く経験してるのよ!あんたみたいなぽっと出とは違う!ニル君にふさわしいのは私なんだから!」

 「私はニル君に求められて生まれたのよ!私がニル君にふさわしいにきまってる!」

 

 その口喧嘩で、アサナギは冷静に状況を理解した。そしてミモザが暗く、肝心な事は何も言わなかった理由も理解した。アサナギが最初から話を聞いていれば、適当に理由をでっち上げてでもサボっただろう。

 

 

 

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