第121話 反撃

「葵、準備はいいな?」


「もちろんだ。いつでもいいぞ」


 葵と五色は互いに目を合わせてニヤリと笑った。それから、はるか地上を見晴るかす。もう術を解いているのか、竜巻と化したグフウはどこにも見えないが、無月をもう一度見つけるのにさして問題はない。


「居場所、わかるんだな」


 葵が確認のため尋ねると、五色は自信を持って頷く。


「ああ、あいつとあいつの式神の気配、まだ覚えてる。それに、グフウが吹き荒れてた場所は、他と比べて風の流れがまだ乱れてるんだ」


 広げた翼と葵よりも優れた五感でそれらを感じているのだろう。葵は久しぶりに、風の流れをじかに感じ取り自在に空を飛び回れる天狗の翼を羨ましく感じた。


 密着した五色の体を包み込む空気がにわかに変わる。葵のように神通力で身体に風の壁を纏わせたのだろう。それが合図のようなものだった。背中の翼をぐっとすぼめ、腕に抱えた葵ごと一気に下降する。山肌に生えた木々が凄まじい速度で近づいてくる。その木々に当たらぬようギリギリを攻めて森の中へ上から突っ込むと、グフウを従えた無月の姿が目に飛び込んできた。その途端、再びグフウが竜巻と化して二人を飲み込もうとしてきた。


「来るぞ」


「任せとけ」


 随分頼もしげに言うと、五色は一瞬目を閉じ、また開けた。五色の黒い光沢を帯びた翼が風を纏う。そのまま、正面からグフウと激突した。


 まるで拳で殴られでもしたような衝撃が横殴りに襲いかかり、二人は竜巻の回転に巻き込まれる。


「お前の風と俺たちの風、どっちが強いか勝負だ」


 急下降のために小さく閉じていた翼を広げ、五色は吹き荒れる風の中に身をおどらせる。だが、さすがに竜巻の回転には逆らえず、徐々に二人の体は外へ押し出される。だがその流れに抵抗しようとはしない。逆に、竜巻と化したグフウの作った風の道筋を読んでそれに乗る。流れに乗って、二人は一瞬で上空へ、すなわち竜巻の外へ出た。さっきみたいに吹っ飛ばされたのではない、自分たちの意思で外へ出たのだ。外へ出るとほぼ同時に、五色は自分の体を防御していた風を全て葵に託した。そして、まんまと葵達をまた吹っ飛ばすことに成功したと思い込んで、姿を元に戻そうとしているグフウの真横スレスレに、葵をぶん投げた。葵が向かうのは、地上にいる無月の元。手には五色の錫杖を握っている。


「無月!!」


 葵は叫ぶと、目前に迫った無月のみぞおちへ、錫杖の一撃をお見舞いした。もちろん、錫杖は神通力で強化してある。不意打ちに防御もままならず、無月は声にならぬ呻きをあげて後方へ吹っ飛ばされた。そのまま腹を抱え込みうずくまり、ヒューヒューと荒い息を吐く。みぞおちにあれだけ強い力で衝撃を与えたのだ。呼吸困難で喋るどころではない。


 そして、葵の背後の上空では、同じように油断したグフウを、五色が仕留めていた。錫杖は葵に貸していたので、とっさの蹴りである。竜巻から元の小獣に戻っていたグフウは、土手っ腹に強烈な蹴りを思い切り叩き込まれ、そのまま地上へ落下する。それを見逃さす、葵はとっさに無月の太刀を分捕ると、それでグフウの体を断ち切った。体を真っ二つに斬られたグフウは悲鳴も上げず、ただの紙切れとなって地上に落ちた。葵はそれを拾い上げる。紙片は二枚。それら二つを合わせると、浴衣を着た人のような形になる。いつか京介が見せてくれた紙人形だ。こうしておけば、無月は式神を具現化させることはできない。


「……俺も、焼きが回ったかなこれは」


 かすれた声が聞こえ、さっとそちらの方を向くと、無月がみぞおちを抑えて立ち上がろうとしていた。だが、まだ痛むのか、すぐ地面に膝をつく。葵は自分の錫杖を拾い上げて無月の許へ駆け寄り、錫杖でその体を押さえつけた。


「何が目的でここにきた」


 無月はこの状況下でも、しまりのない笑みを浮かべる。


「俺を抑えったって……意味ないぜ」


「は?」


 無月はくぐもった笑い声を発した。ひとしきり笑うと、力が抜けたように黙った。それからまた、口を開く。


「俺も千蔭も……ただの囮。実行するのは……あいつだ」


「千蔭?」


 知らぬ名前に葵は眉をひそめる。その時、近くの茂みから何かが飛び出してきた。それは刀を持っていて、葵に斬りかかってくる。それを錫杖で受け止めると、相手はすぐに手を緩めて、無月のそばに移動していた。後ろにいた五色も慌てて葵の隣へ降り立ち、二対二で対峙する形になる。


「やあ無月さん、なんてざまだろう」


 葵に斬りかかってきた人物が、朗らかに言った。仕方がないなあという顔をして、みぞおちの痛みに顔をしかめている無月に腕を貸してやっている。


「女の子……いや、男か。こいつも、陰陽師なのか!?」


 無月に寄り添うのは、葵達より年下に見える愛らしい少年だった。五色が一瞬見紛うような、少女然とした顔をしている。少年は「うん?」とそこで初めて葵と五色の方を見た。その仕草に敵意や殺意は感じられない。


「僕は陰陽師じゃないよ。けど、うん、陰陽師の知り合いは結構いるんだ。この無月さんだってそうだし」


 その無月さんの身体から少年はいきなり手を離した。無月は「いって!?」と涙目になる。


「無月さん重い。引きずっていくね」


「は!?」


 無月の襟首を掴んでから、少年は「あ、そうだ君は人間だよね。じゃあ一応忠告しといたげる」と愛らしい笑顔を葵の方へ向けた。


「もう直ぐここは火の海になる。でもまだ猶予はあるから、早く逃げたほうがい

いよ。僕達も今から逃げるところなんだ。じゃあね」


 軽く手を振ると、「扱いが雑、けが人なのに!」と叫び声をあげる無月を引きずって、葵達の前から去って行った。敵意もなく逃げていく格好の彼らを深追いするわけにもいかず、葵は五色と共に二人を見送った。彼らが見えなくなると、五色が「あいつだ」とうわ言のように声を漏らした。


「あいつに、血の匂いが染み付いてた」


「てことは、あいつが狗賓殺しの犯人か」


 葵が納得したようにそう言うと、「それだけじゃない」と五色は首を横に振っ

た。


「もっと大勢を殺してる」


 葵は片方の眉を上げたが、それ以上追求はしなかった。それよりも今は気にかかることがあった。「もう直ぐここは火の海になる」あの少年の言葉だ。それが事実ならば、一刻も早く皆に知らせなければならない。


「五色、あいつが言ってた火の海って言葉、多分五芒星の陣のことだ。このままじゃここは」


「ああ」


 五色はわかっていると言外に頷いた。


「早く戻ろう。このままじゃ全員死んじまう」


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