第15話 式神・白虎丸

「で、さっき村長に言ってた約束ってなんだ?」


 村を出てしばらくしてから、葵は隣を歩く京介に尋ねた。京介は「ああ、そういや言ってなかったね」と答える。


「この後、紫紺の後をつけさせていた式神と合流する約束をしているんだ。今はその合流地点に向かっている」


「シキガミ?」


 聞きなれない単語に葵は首をかしげる。


「なんだそれ?神様の一種か?」


「陰陽師が使役する鬼神だよ。」


「鬼のことを言ってるのか?」


 よくわからないので葵はさらに質問する。京介は足元に転がっていた小石を無造作に蹴飛ばしながら返した。


「鬼ではないよ。まあ、式神によれば鬼みたいな姿のやつもいるけれど、基本的に式神の姿は使役する陰陽師の能力や気質に拠るところが多いから、姿形に統一性はないよ」


 そう説明されても葵にはピンとこない。しかしふと紫紺の肩に止まっていた黒い大型の鳥を思い出した。ひょっとするとあれが式神だったのかもしれない。


 葵は顔の横をすり抜けて行くトンボを目で追いながら気になってたずねた。


「お前の式神はどんな姿をしているんだ?」


「僕の式神は白い虎だね」


 虎なら絵巻物でその姿を見たことがある。鋭い牙や爪を持った獰猛な肉食獣だ。猛々しい白い虎の姿を頭に思い描きながら葵は内心ワクワクする。


「そりゃ頼もしいな」


「それはどうも」


 そんなやり取りを続ける二人の進む先に、小さな祠が見えてきた。


「あの祠の前が合流地点だ」


 京介が祠を指差す。


 二人がしばらく祠の前で待っていると、近くの茂みががさこそと音を立て始めた。


「来たみたい」


 葵は茂みから大きな虎が飛び出してくるところを想像した。大きな白い体に黒い縦縞の入った強そうな猛獣。絵巻物でしか見たことのなかった生き物を式神とはいえ目にすることができるのだ。


 しかし、茂みから転がり出てきたのは猫くらいの大きさのふわふわした生き物だった。


「ん?」


 てっきり背に人間を乗せられそうなくらい大きいのが出てくると思い込んでいた葵は拍子抜けする。


 その生き物は、確かに白い体に黒い縦縞の入った体をしていた。輪郭も葵が見た絵巻物の虎と同じだ。しかし、大きさが決定的に違う。これではそう、まるで子虎だ。


「やあ白虎丸。お疲れさん」


 京介に白虎丸と呼ばれた子虎は「よう」と声変わり前の少年のような声で答えた。それから鼻をヒクヒクさせながら、ぽかんと自分を見ている葵に目を向ける。


「誰こいつ?」


「この度僕らの旅にご同行することになった葵くんだよ」


「葵でいい」


 そう言いながら葵はしゃがみこんで白虎丸を眺めた。どこからどう見ても愛らしい子どもの虎である。


「小さい」


 ポツリと本音が漏れた葵に、白虎丸は「なんだと」と目を剥いた。


「小さいとはなんだ小さいとは。初対面でいきなり失礼だろお。おいらをなんと思っていやがる!」

 そう言うと、白虎丸は葵の膝に爪を立てて飛びかかってきた。愛らしい見た目にそぐわない凶暴さである。


「痛っ。何すんだこの」


 葵はムキになって白虎丸を引き剥がそうとする。

「やめなって二人とも」


 慌てて京介が止めに入り、白虎丸を葵の膝から引き剥がした。


 京介に前足の脇の下を持たれてブラーンと垂れ下がる白虎丸は、「ベー」と葵に舌を出す。


「こら白虎丸」


 地面に降ろされた白虎丸は京介に見下ろされる。


「葵はこれから行動を共にする仲間だ。そんな憎たらしい態度をとるのは許さないよ」

 

 なぜかにこやかな笑みを浮かべながら説教する京介に白虎丸はうなだれた。


「でもおいらを小さいって言ったんだ」


「実際今は小さいだろ。彼は事実を述べただけだ。それより報告」


 京介に促され白虎丸は渋々返答する。


「はいはい、紫紺はどうやら都の方へ一旦戻るみたいだぜ」


「都へ、か。まあ長いあいだ都を留守にしていたからな」


「じゃあ俺たちもそのあとを追って都へ行くのか?」

 

 葵の問いに京介は「そうなるね。」と頷く。


「ただし、紫紺の都入りとはだいぶ遅らせてからね。万が一怪しまれるとまずい」


「慎重なんだな」


「当たり前だよ」


 京介は声を潜ませた。


「紫紺は稀代の天才陰陽師だ。かつ帝や貴族、上層部の陰陽師たちからの覚えもめでたい。もしも動向を探っていることがバレたら身の危険もあるし、世間的にも立場が悪くなる」


 京介の言葉に葵は疑問を感じた。その言い方では上層部の陰陽師は紫紺のやろうとしていることを知らないか、もしくは協力しているように聞こえる。そのことを指摘すると京介はため息をついた。


「正直、今の陰陽師組織の内部は腐ってる。陰陽師の中で一番位の高い陰陽頭おんみょうのかみを差し置いて、紫紺がすべての実権を握ってるんだ。だからみんな紫紺に頭が上がらない。紫紺が何をしようとしているのか、みんなわざわざ探ろうとはしない。むしろどうやったら紫紺に気に入られるかに気をまわしてるよ」


 葵は唖然とする。頭領は葵がもたらしてくれるであろう紫紺の情報を手土産に、各地のあやかし勢力に紫紺を討つことを呼びかけると言っていた。そこに京介たち陰陽師の力も加われば企みを阻止できるだろうと思っていたのに、陰陽師を実質的に束ねているのは当の紫紺だというのだ。もしかしたら頭領はこのことを知っていたのかもしれない。でなければ一人の陰陽師を倒すためにわざわざ他のあやかし勢力に呼びかけるほど大々的なことをやろうとはしないだろう。


「じゃあ、お前に紫紺の動向を探るように命じたさるお方ってのは誰だ?みんな紫紺に頭が上がらないんだろ?それとも密かに紫紺に対抗しようとしてる陰陽師が中にはいるのか?」


 京介は頷く。


「まあ、そんなところだね。内部が腐ってると言っても、全員が紫紺にへいこらしているわけじゃない。紫紺が何やら良くないことを企んでいることに感づいた人が、自分は立場上動けないからと信任のある僕に頼んだ」


「それで探ってみると、あやかしを滅ぼそうとしていることがわかった、と。」


 葵は京介の言葉を引き継いで言う。京介はその通りだと頷いた。


 何やら色々と込み入った事情があるようだ。覚悟はしていたが、かなり危ないことに首をつっこもうとしているのかもしれないと葵は思った。


 その時、二人のやり取りを聞いていた白虎丸が「あのさあ。ちょっといい?」と声を上げた。


「なんだい?」


 京介が目を向けると、白虎丸はそわそわしながら言った。


「実は紫紺の後をつけている時、ほんの一瞬あいつの式神と目があった気がしたんだよな……」


 京介の顔色が変わったのを見て、白虎丸は慌てて言い直す。


「いや、気のせいだぜ。本当かどうかはわからねえ。俺だって用心してかなり距離は取っていたはずだし、バレるはずはない、はずだ」


 白虎丸はゴクリと生唾を飲み込む。京介は考え込むそぶりを見せ、白虎丸に尋ねた。


「僕たちが二人で後をつけていた時と同じくらいの距離を開けてた?」


「もちろんだ!」


「でも、その時あいつは式神を出してはいなかった」


「あ、」


 白虎丸は何かに気づいたように声を上げた。京介はそのまま言葉を続ける。


「式神は人間より感知能力が高い。人間相手には十分な距離であっても、式神相手なら気づかれる可能性がある。白虎丸、正直に言ってくれ。奴の式神と目が合ったんだな?」


 その時、京介の問いに答える前に白虎丸の全身の毛が逆立った。


「京介、まずい。やっぱり気がつかれてた」


 直後、上空から甲高い鶴のような鳴き声が聞こえてきた。


 二人と一匹は条件反射でほぼ同時に空を見上げる。すると上空に、不吉なまでに真っ黒な鳥が姿を現した。


「あれは」


 葵は声を上げる。間違いない。昨晩見たあの黒い鳥、紫紺の式神だ。

 

 

 

 

 


 

 




 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る