オールを漕いで前に進め!
稲刈大平
一話.討伐隊
1.キース
立ち並ぶ露店の間を、呼び込みの声が飛び交う。
買うか悩む買い手に商品の良さをアピールする売り子に、少しでも目的の品を安く手に入れようと交渉を試みる買い手。
賑やかな喧騒の中、キースは歩きながら大人しく買われるのを待っている商品たちを眺めていた。鮮やかに咲く花、贈り物に良さそうなアクセサリー。色とりどりの果物に、真っ赤に熟れたおいしそうなリンゴ。そういえば最近リンゴ食べてないな、とキースは考える。
「そういうの、やっぱりロマンだよね」
「…あぁ、うん?」
だから隣で目を輝かせるザックの言葉は、ほとんどキースの耳には届いていなかった。キースが生返事を返すと、ザックがキースの顔を覗き込む。
ザックのまだ幼さの残る丸い目がキースを見る。
「もしかしてキースって、そういうの興味ない人?」
「今はロマンより、リンゴがいい」
話を聞いていなかったキースが適当に答えると、ザックの目が不思議そうに瞬く。
「...リンゴ?ああうん、リンゴ。おいしいよね」
花より団子か、とザックは呆れたように溜息をつく。
「ドラゴンに乗って空を飛びたいなって、みんなが一度は考えるもんだと思ってたのに」
ドラゴン。
たしか、キースの意識がリンゴに連れていかれる前まで、鳥の魔物の話をしていた。そこからドラゴンの話に繋がったのだろう、とキースは推測する。
「それは、憧れるな」
子供の頃に、何度も想像したものだ。
ドラゴンの立派で大きな翼が羽ばたくと、風を受け、その巨体が空へ舞い上がる。硬い鱗に覆われた背にまたがって、真っ青な大空を駆ける。
「うん、ロマンだ」
キースが深くうなずくと、ザックは明るい笑顔を浮かべる。
「だよね!こう、びゅーんって空飛んだら絶対気持ちいいだろうなぁ。移動もラクラクだよ」
「山越えとか、きついからな」
「ドラゴンならひとっ飛びだよ。乗ってみたいな、ドラゴン。どこかに落ちてないかな」
「落ちてるわけないだろ。ドラゴンは、絶滅したんだから」
「最近の目撃情報がないってだけでしょ。どこかで生きてるって、絶対」
「見たこともないのに、すごい自信だな」
「だって、ドラゴンは最強だから」
根拠もないのに、ザックは胸を張って、自信満々に言い切る。
キースとザックは活気で溢れる露店通りを抜け、住宅の多い通りに出た。
辺りが先ほどよりも静かになり、キースの靴が石畳を叩く、こつこつという音が耳に届くようになる。
「山だろうと川だろうと、ドラゴンが居ない以上、地道に自分の足で歩くしかないな」
キースの言葉にザックがため息をついた。
「いつも、今回みたいに山も川も越えなくていい近場ならいいんだけどね。近ければ野営の荷物もいらなくてラクだし」
そもそも、とザックは苦笑いを浮かべる。
「今回は任務じゃないから、気持ちもラクだけど」
任務、というのはキースとザックが所属する組織に関係する。
『討伐隊』
魔物討伐を行う組織だ。
キースたちの住むアーグアという地は島国で、人間と魔物の生存競争が激しく、魔物による被害が後を絶たない。
魔物の討伐は、本来であれば軍の仕事だ。しかし、現在軍は「面倒事」を抱えており、迅速な対応が行えない状態となっている。
その影響で魔物による被害は増加。その被害を重く見た領主が、魔物への対抗策として結成したのが討伐隊だ。
民からの情報などを元に討伐司令が出され、それを達成することで報酬を得る。
それが討伐隊の仕事だ。
「わかってるだろうけど、任務以外でマモノを倒しても報酬は出ないよ」
ザックの言葉にキースがうなずく。
「もちろん、わかっているさ。だから今回はボランティアだし、無理して来なくていいと言っただろ?」
「暇だから行くよ。それに...」
ザックは左手の親指と人差し指で丸を作る。
「マモノの牙とか、結構高く売れるんだよね」
「けっきょく金か」
「そりゃそうだ。見返りも無しに命かけられないからね」
「今日行くのは魔物討伐じゃなくて、薬草採取だけどな」
「あれ?そうだっけ」
「ブレンダさんが腰を痛めて薬草を採りに行けなくて困ってるんだと。だから代わりにな」
ブレンダはキースたちの行きつけの薬屋の店主のおばあさんだ。
「いつも世話になってるからな。たまには恩返ししないと」
「ふうん?その途中で、もしマモノに出会ったら?」
「もちろん倒す。当たり前だろ」
キースにとって魔物を倒すのは『当然』のことだ。
魔物によって命を奪われた人、それによって大切な人を失った人。
魔物を倒すという行為そのものよりも、人々の悲しみを生ませない、不安を解消する、というのが討伐隊の使命だと考えている。
だから危険は事前に取り除く。被害が出る前に防げれば、それが最善だ。
「...そっか。キースなら、そうだよね」
ザックの含みのある言い方に、キースは首を傾げる。
「?どういう、」
「あ、もう来てる」
キースが聞き返そうとすると、ザックが小走りでどこかへ向かう。
気がつくと、街の端に着いていた。魔物から街を守るための壁と大きな門。今は昼前なので門は開放されて、行商人の操る積荷を詰んだ馬車や旅人など、大勢の人々が出入りしている。
その様は、せっせと隊列を組んで女王のために働く『アリ』に似ている、とキースは思った。門の両端に立つ見張りの軍人は、さながら興味津々に巣穴を覗き込む子供といったところか。
キースが人波に目を凝らすと、先程まで隣にいた茶色の髪の頭を発見する。
近くには、二人の仲間であるウィルとリンの姿もある。
キースが三人のところへ歩いていくと、リンがそれに気がつく。
「...おはよ、キース」
「おはよう、リン。準備は出来ているか?」
リンが、こくこくとうなずく。その動きに合わせて、彼女の長い髪が揺れた。
ウィルもキースに気が付いたようで、振り返ってキースと挨拶を交わす。
キースは改めてぐるりと見慣れた仲間の顔を見た。
「出発前にもう一度確認するが、今日の目的は薬草採取だ。魔物がいれば交戦になるだろう。報酬は出ないが、それでもいいか?」
三人が首を縦に振り、肯定する。
「ブレンダさんの、お手伝いだよね」
リンがキースに確認する。
「ああ」
「がんばる」
ブレンダに懐いているリンはやる気満々のようだ。
ふとキースがウィルに視線を向けると、顎を右手で擦っていた。
ウィルが考え事をするときの癖だ。
やっぱり気が向かないのだろうかとキースが声を掛けようとする。しかしその前に視線に気が付いたウィルが「そうじゃない」と否定した。
「気になることがあってな。もともと薬草採取はそれを確かめるついでだ」
「気になること?」
「今度話す」
ウィルがこういう言い方をする時は、どれだけ聞いても答えない。それがわかっているキースは、それ以上追求しなかった。
「よし、それじゃあ行くか」
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