閑話:カズチ・ディアン
全く、ジンは本当に突拍子のないことを考えるよな。
「キャラバンかぁ……」
自分の店を持ちたいとクランを出る職人は結構多い。むしろ、残る人よりも抜ける人の方が他のクランでは多いはずだ。
それでもカマドから出ようという職人はそこまで多くない。俺だってもし『神の槌』を出るならカマドで錬成屋を開くと思う。
それが都市の外に出る、それも一つの都市で店を構えるわけではなくキャラバンとして都市から都市へ移動しながら、その道中で販売してくときたもんだ。
確かに色々な都市を見て回る、世界を見て回るには効率的だと思うけど、キャラバンを選択できる人は少ないはず。……というか、選択肢に上がるかも怪しいぞ。
「まあ、ジンだから仕方ないのか」
そもそも、どこからキャラバンという選択肢を見つけてきたのだろう。
出張販売かと思ったが、話を聞いているだけでジンは行ったことがない。
なら王都やラドワニへ行った時に何かを見てきたのかもしれない。
「……そんなジンの選択について行きたいって言ってる俺も大概だけどな」
まさか、俺が『神の槌』を――副棟梁から離れるという選択をするなんて、一年前の俺が見たら驚くだろうな。
錬成師になるきっかけをくれた俺の恩人である副棟梁を裏切ることにならないだろうか、そこだけが心配の種ではある。
だけど、きっと副棟梁なら笑顔で送り出してくれるだろうという確信も持っている。
「みんな、優しいからなぁ」
副棟梁だけではない。棟梁だって、先輩たちだってみんな優しいのだ。
厳しいことを言われることもあるけど、それは全て俺の成長に繋がっている。
だからこそ『神の槌』を出るとなれば俺は副棟梁を超えるような錬成師にならなければならない。
「……来年は、もっと頑張らないといけないな」
喫茶店で口にした来年の目標も絶対に達成させることで、今の俺よりももっと成長する必要がある。そうでなければジンが出て行く時に胸を張ってついていくことができなくなるかもしれない。
サラおばさんへ卸す商品の質も数も落とすことなく、別の店とも個人契約を結ぶ。
それも、交渉から何から全てを俺一人でやらなければならない。
「サラおばさんの時にはジンが全てやってくれたし、店の紹介はルルだったからな」
正直、俺は何もしていないんだ。ただ商品を卸しているだけで、その前段階は全てジンとルルがいてくれなかったら契約することなんてできなかったんだ。
それを今回は俺一人で全てをやらなければならない。
できるかどうかは分からない。だけど、やらなければならないんだ。
「よし、今から少し本でも読むかな」
時間はすでに夜の四の鐘が鳴っている。
だいぶ遅い時間なのだが、気持ちが昂りすぐには眠れそうにない。
俺は錬成の本を読んで時間を無駄にしないことにした。
――そして、気づけば朝の一の鐘が鳴っていたことにちょっとだけ後悔したのだった。
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