感謝の気持ちを

 上質な鉱石はカウンターの後ろにある棚に保管されておりお客さんの手には届かない場所にあったので、あれが欲しいとリディアさんに伝えた時は相当驚かれてしまった。


「ジ、ジン君!? あれは小金貨5枚する私のお店の最高級品だよ!」

「だから欲しいんです。ギリギリ鉱石を売ったお金で足りますし、お土産にはピッタリですよね」

「……お土産に小金貨5枚もする物を贈られたら、相手も萎縮してしまうんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。そんなお金よりも稼いでいる人に渡しますから。ね、ソニンさん」

「……なるほど、ゾラ様にですか」

「ゾラ様って……あ、あの、神の槌棟梁であり、ドワーフ族もう一人の英雄ですか! いや、まあジン君は神の槌に所属しているわけだからこういうこともあるかもしれないけど、まさか所属クランの棟梁にお土産って渡せる物なの?」


 他のクランがどうかは分からないけど、普通は難しいかもしれない。だって、クランのトップってことは、一般企業でいうところの社長のことだろうし、そこに一般社員がいきなりお土産です! って言っても面会すらできないだろう。

 僕がゾラさんの弟子だったからといえばすぐに納得してくれそうだけど、あまり知られたくない事実でもある。

 すでに見習いを卒業したとリディアさんには伝えているので、ゾラさんの弟子として見習いを卒業したとなれば、それこそ僕に何かあると疑われる可能性が出てきてしまう。


「私からゾラ様にはお渡ししておきましょう。きっと、喜ぶと思いますよ」

「ありがとうございます、ソニンさん」

「……なるほど、そういう仕組みですか」


 そこへ気を利かせたソニンさんが助け舟を出してくれた。

 副棟梁から棟梁へお土産、ということであれば何も問題はないだろう。


「それにしても……いやー、本当にすごい量だし、神の槌ってすごいクランなのね」

「そうですよね。僕も身近にいてそれを一番感じますよ」

「……ジン君、あなたも十分にすごいからね? この量に関していえば、あなたが持ってきた鉱石なのよ?」

「あー、えっと……そうでした」

「全く。あー、もっと資金があれば全部買い取りたかったのに、残念だわー」


 リディアさんが冗談っぽく言ってくれたので、僕も笑顔で全てのやりとりを終えることができた。


「またラドワニに寄る機会があったらお店にも顔を出してね。サービスしちゃうからさ」

「ありがとうございます!」


 最後にはそう口にしていたリディアさんと握手を交わし、ソニンさんがお願いされていたサインをすると、僕たちはお店を後にした。


 ※※※※


 鉱石店を出ると日は傾き、晩ご飯の時間が近づいていた。

 結構長い時間を過ごしていたようで、僕はソニンさんにお弟子さんのお店はまだやっているのかと心配になって聞いてみる。


「彼女のお店は夜の三の鐘までやっていますから問題ありませんよ」


 その言葉にホッとして、ユウキとフローラさんはどうするのかを聞いてみた。


「僕とフローラさんは宿屋に戻っているよ」

「そうですね。ベルリアさんの料理もまた食べたいですし」

「そっか。分かった、それじゃあまた後でね」

「ピッキャキャーン!」

「わふわふーん!」


 ガーレッドとフルムも声を掛け合うと、僕とソニンさんの二人でラドワニの賑わう歩道を歩いていく。


「少し、屋台で食事をしてから向かいましょうか」

「いいんですか?」

「えぇ。むしろ、遅い時間の方が彼女も時間を作れると思いますからね」


 ソニンさんがそういうなら間違いないだろう。

 それに……お腹が空いていて、屋台から漂う匂いにさっきからお腹が鳴りっぱなしである。


「何が食べたいですか? ここは私が奢りますよ」

「えっ! いいですよ、少なくなりましたけど、まだお金は残ってますし」

「こういう時は、年長者が支払うものですよ」

「……その、ありがとうございます」


 そこからはちょっとした屋台巡りの時間になった。

 串焼きや丼もの、二人で分け合いながら色々な料理を食べ歩く。

 ソニンさんは大きなクランの副棟梁だし、ゾラさんに比べて育ちも良さそうだから食べ歩きとかは苦手だと思っていたんだけど、そうでもないようだ。


「……意外、でしたか?」

「……少しだけ」

「ふふふ、私もよく外に出て都市を散策したりしているのですよ。ゾラ様ほどではないですけどね」

「そうだったんですね。……そうそう、ソニンさん。これを貰ってくれませんか?」


 そう言って僕は魔法鞄の中から二つの鉱石を取り出した。


「これは……もしかして、ヒューゴログスとアクアジェルを錬成した素材ですか?」

「はい。魔法鞄に錬成台を入れて持ち歩いているので、野営の時にこっそりと錬成していたんです」

「コープス君は、考えることが面白いですね。ですが、どうしてこれを私に?」

「それは、その……ゾラさんやみんなにはお土産を買って、一緒にいるソニンさんに何もないのはどうかと思いまして。僕はソニンさんにも大変お世話になっていますから」


 最後は少し恥ずかしくなり苦笑しつつの言葉になってしまったのだが、ソニンさんは笑みを浮かべて二つの鉱石を受け取ってくれた。


「……ありがとうございます、コープス君」


 その笑顔は、僕にはとても美しく見えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る