マリベルとハピー
馬車はユウキの言葉通り、速度を落とすことなく進んでいる。
しばらく行くと前方から迫ってくる影が見えたのだが、それがマリベルさんとハピーだと気づくのに時間は掛からなかった。
「終わったわよー」
手を振りながら大声でそう告げてきたのが聞こえたのだが、グリノワさんは右手で顔を覆っている。
その様子がマリベルさんからも見えたのか、進行方向を馬車からユウキの方へ即座に変えていた。
「全く、わざわざ大声をあげる必要はないじゃろうに。魔獣が近くにいたらどうするんじゃ」
とのことらしい。
僕が見る限りだと周囲に魔獣はいないのだが、微かな音や臭いでも感じ取るかもしれないので警戒するに越したことはないということだろう。
マリベルさんはユウキに報告を終えると、なぜだかこちらにやってこようとはしない。
そして、苦笑しながらユウキがこちらに報告をしにやってきた。
「……あやつ、儂を避けよったな?」
「あはは、後で叱ってあげてください」
ユ、ユウキも言うようになったなぁ。
それを聞いたグリノワさんが大きく頷いているのが怖いところだが、そこは見なかったことにしよう。
これはマリベルさんの自業自得なのだ。
「魔獣の掃討は完了したようです。ただ、やはり野営地は相当荒れているみたいですね」
「そうですか……急ぐ道程でもありませんし、大きい野営地だけでも均してから向かいましょうか」
「よいのか?」
「帰りに利用するかもしれませんからね」
「あっ! だったら僕もやりますよ!」
大きいところはグリノワさんとソニンさんに任せて、僕は小さい野営地を回ってみようかな。
だが、僕の提案にフローラさんとソニンさんから呆れたような視線が向けられた。
「ジン様、楽しそうですね」
「全く、コープス君は。あなたは、ただ習ったことを試したいだけでしょう?」
「ガハハハッ! いいではないか! 護衛にユウキを付けて、小さな野営地を回ってこい!」
「ちょっと、グリノワ様!」
グリノワさんだけは面白そうだと言って笑っている。
「じゃがソニンよ、実際のところ他の野営地が荒れていればそこに魔獣が集まって、結果的に大きい野営地がまた荒れることも考えられる。できるだけ多くの場所を均すのも大事なことじゃぞ」
「それは、そうですが……はぁ。分かりましたが、コープス君」
「はい!」
「……変なことはしないように。やり過ぎてしまうのがあなたの悪い癖なんですからね?」
「……は、はい」
そこは僕も気にしているところなので注意したいと思います。
……いや、本当に。そんなジト目を向けないでくださいよ!
二ヶ所目の野営地に到着した僕たちは二手に分かれて荒れた地面を均していくことにした。
当初の予定通りに僕はユウキと行動を共にする。
「ジン、こんなこともできるの?」
「昨日の夜でグリノワさんから教わったんだ」
「……そっか。まあ、ジンだしね。何にでも興味を持つことは大事だよね」
最初の一言は余計だったと思うのだが口にすることはしない。
だって、言われ慣れてしまったからねー。
大きい野営地の均しが終わるとマリベルさんが呼びに来ることになっているので、それまでになるべく多くの場所を均し終わりたいということで、僕は早速作業を開始することにした。
範囲を指定して炎を放ち、ゴミを燃やしてから臭いを光属性で滅菌と消臭を行っていく。
鼻を突くような臭いが無くなりこの一帯だけはほぼ無臭になると、次に土属性で平たく整地する。
……うん、初めてにしては上手くできたんじゃないかな。
「ユウキ、次に行こうか……って、どうしたの?」
「いや、あまりにも呆気なくやっちゃったなと思って」
「まあ、グリノワさんのやり方を見ながらだったし、イメージはできていたからね」
「それでもこうも簡単に……まあ、いっか」
「何かを諦めた?」
「いや、なんでもないよ」
うーん、ユウキの反応が気になるところだったが急がないといけないのも事実なので次の野営地に移動する。
そこでも同じ作業なのですぐに終わらせるのだが、ここではもうユウキも当然のような表情で僕を見守っていた。
そして、四つ目の野営地の整地を始めようとした時だった。
「こっち終わったよー!」
マリベルさんが大きい野営地の整地が終わったことを教えに来てくれた。
「あっ、それじゃあここで最後にしますね」
「最後にって、何ヶ所目なの?」
「……ここで四ヶ所目ですよ」
「……へっ?」
ユウキの答えになぜか驚きの表情を見せているマリベルさん。
あれ、ここって驚くところなのかな?
「ま、まさかでしょ? この時間なら、二ヶ所目が終わってるかどうかってグリノワさんが言ってたよ?」
「そうなんですか? でも、ここが四ヶ所目ですけど?」
「……ちょっと他のところを見てくる!」
「それじゃあ、その間にここも終わらせておきますね」
「お、終わるんだ……」
去り際にそんな呟きを残していったマリベルさん。
僕は首を傾げながら作業を行い、有言実行でマリベルさんが戻ってくる前に四ヶ所目の整地を終わらせた。
「……やっぱり、ジンはジンだね」
ユウキの呟きが聞こえたのだが、僕はあえて何も口にしなかった。
……どうやら、普通ではないようです。普通の基準が、知りたいです。
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