シルのやりたいこと
シルくんは僕の目を真っ直ぐに見つめながら、真剣に答えてくれた。
「それって、冒険者になるってこと?」
「その、具体的に何になりたいとかはないんです。ただ単純に他の都市を見てみたい、そう思っただけなんです」
少し恥ずかしそうに理由を教えてくれたシルくんだったが、形はどうあれやりたいことがあるというのはいいことだと思う。
今はどうしたらいいのか分からないかもしれないけど、きっかけがあれば目標を定めてそこに向かって努力することもできるからだ。
「俺みたいな孤児を雇ってくれる人なんて少ないと思うから、たぶん冒険者になるんだろうって思ってはいるです。でも、他にも何かあるんじゃないかって思うこともあって……」
「それでいいと思うよ」
「そうですか?」
「うん。必ずしも選択肢は一つじゃない。多くあればあるほど悩んじゃうけど、そこから自分の未来を探しだすのも楽しいんじゃないかな」
僕にはやりたいことが明確に存在していた。鍛冶や錬成、他に生産系の仕事があればとことんやってみたいと思う。
たまたま英雄の器のおかげで何にでも挑戦できる体になっているけど、そうでなければ悩みに悩んでいただろう。
「僕なんて鍛冶師やってるけど、錬成師も極めたいし他にもやりたいことは色々とあるんだよね」
「コープスさんは凄いんですね」
「僕が? そんなことないよ、これが普通なんだ。孤児だからって選択肢を狭めるんじゃなくて、普通に考えることが大事だと思うよ」
「……普通に考えるか」
シルくんは普通という言葉を何度も呟きながら頷いている。
ただ、その光景は僕にとっては衝撃的だった。
普通のことが普通ではなくなり憧れになる。
そんなことが身近にあると知ってしまうと、こんな僕でも何かできないかと考えてしまう。
「……しっかり考えて、シルくんが満足いく答えを出したらいいんだよ」
しかし、今の僕では何かをしてあげることができない。
結局、シルくんの判断に任せるしかできないのだ。
「……ありがとうございます。なんだか気が楽になりました」
「そうかな?」
「はい。前に話した時にも言いましたけど、俺ってここでは年上なんです。だから、何かを相談するにも神父様しかいなくて、俺より年上の人に話せたのがよかったのかな」
そう口にしながらシルくんは笑顔を見せてくれた。
お世辞ではない、本当の笑顔のように僕には見えた。
「相談相手なら僕もいるし、ユウキだっている。フローラさんもよく来てくれるんでしょう?」
「そうですね。でも、エルネストさんは女性ですし、女の子に人気があって話し掛けづらくて」
「ユウキは?」
「ライオネルさんは男の子に人気があって忙しそうなんですよね」
今日はフローラさんがいない分ガーレッドとフルムが活躍してくれている。
ユウキは前回と同様に男の子たちを相手に走り回っていた。
「……僕は、暇だもんね」
「そ、そういう意味じゃないですよ!」
「冗談だよー」
「……そうは聞こえませんでしたよ」
まあ、本音も半分入ってるかね。
「でも、僕でよければいつでも相談に乗るよ。良いアドバイスができるかは分からないけどね」
「ありがとうございます」
シルくんはお礼を口にして立ち上がると、そのまま教会の中に入っていった。
もしかしたら何か思うところがあったのかもしれないのでなにも言わなかったが……。
「これで、本当に一人になっちゃったなー」
ユウキの休み、それにガーレッドとフルムに遊んでもらう為だったからいいのだが、さすがに何もせずボーッとみんなを眺めているのは暇である。
「……どうせなら、生活魔法でも考えてみようかな」
考えるべき生活魔法は掃除だけではない。
家事全般に使えるような魔法があればみんなが助かるのではないか。
掃除でもどぶ洗いだけじゃなく、普段の掃除に使える魔法も考えるべきだろう。
「単純にごみを集めるだけなら風魔法でいけるか? でも、ホコリとか小さなごみが舞っちゃうか」
水属性も必要になるだろうか。でも、それだとまた属性を併用することになってしまう。
まとめて何かをやろうとするとどうしても……どうしても……ん?
「……別に、まとめてやらなくてもよくないか?」
全てをまとめてやろうとするから併用になってしまう。だったら、工程を一つずつに分けてしまえばいいのではないか?
「ごみを集めるなら水で湿らせてから、風で集めればいいんじゃないか?」
水と風の属性がなければできないが、それでもできないことはない。
「生活魔法とは言えなくなりそうだけど、掃除が少しは楽になりそうじゃないか?」
僕は考えが合っているかどうか検証する為に神父様のところへ向かった。
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