鉱山の奥には

 中級魔獣を圧倒してしまったユウキに驚きながらも、僕は駆け出して声を掛けた。


「ユウキ! 凄いじゃないか! まだ下級冒険者なのに一人で中級魔獣を倒しちゃったよ!」

「あはは、これも師匠の教え方が上手いのと、ファンズナイフのおかげだね」

「それは違いますよ」


 謙遜するユウキに対してホームズさんも声を掛けた。


「これは、あなたが努力して掴み取ったものです。自信を持ちなさい」

「師匠……はい、ありがとうございます!」


 うんうん、素晴らしい師弟愛ですなぁ。


「ビビギャーギャー!」

「あっと、ごめんガーレッド。奥に何かがあるんだよね?」


 最初から奥を指差して声を上げていたガーレッド。

 ゴブリンウォーリアがいた坑道の最奥に何があるのか……僕たちは警戒しながらさらに先へと足を進めていく。

 しばらくして、ホームズさんの松明とは別に謎の光が奥の方に見えてきた。

 色は青白く、わずかながらパチパチと何かが弾ける音もしている。

 顔を見合わせた僕たちは、ゆっくりとした足取りで進む。

 光を放つ正体を目の当たりにした僕は──頬が盛大に緩んだ表情をしていたに違いない。


「……か、可愛い! えっ、この子も魔獣なの? そうは見えないけど?」

「……僕の知識には、こんな魔獣はいないけどなぁ」

「ビビギャー! ピピーピー!」

「……えっ、嘘、本当なの、ガーレッド?」


 ガーレッドに怒られてしまった。

 でも、まさか最初にその考えは思い浮かばないよなぁ。

 でも、ガーレッドがどうしても行きたいと言っていたのはそういうことなのか。


「どうしたの?」

「えっと……その子、霊獣みたいだよ」

「……えっ?」

「だから、霊獣みたいだよ」

「…………ええええええぇぇっ!」

「……キュルルゥゥ」


 見た目子犬のような霊獣は、青主体の体毛でところどころに白が混ざっている。

 舌を出した状態でとても可愛らしいのだが、なんだかとても弱っているように見える。


「……どうやら、魔獣に追われてここまで逃げてきたのかもしれませんね」


 ホームズさんがそう口にしながら天井を見上げている。

 そこには大きな穴が空いており、先からは茜色に近づいていく空が見えた。


「やっぱり、あの穴はここに繋がってたんですね」

「推測ではありますが、この霊獣は魔獣に追われてここまで逃げてきたが行き止まりになり、持てる力を使って魔獣を倒したのでしょう。この穴はその時にできたものではないでしょうか」

「で、でも、そうだとしたらもの凄い威力ですよ?」


 ユウキが恐る恐るといった感じで呟いた。

 地面からここまで一直線に大穴を開けるほどの力を、この小さな霊獣が持っているのかと思うと不思議でしかない。


「でも、そう考えたら弱っているのも納得できます」

「早くここから連れ出して、何かしら処置が必要かもしれませんね」

「処置って……師匠、何か考えがあるんですか? 」

「いえ、私には霊獣と契約したことがありませんので正確には。ただ、霊獣のことに詳しい方に心当たりがあります」

「それって……リューネさん?」

「リューネさんもそうですが、私が考えているのは別の方です。もうすぐ日も暮れますから、とにかく急いで下山しましょう」


 穴から見える空が徐々に黒く塗りつぶされていく。

 霊獣に視線を向けると、まるで生き物に怯えているかのように震えながらこちらを見ている。ホームズさんが手を伸ばそうとしたのだが──


「ギャウ! ギャギャウ!」

「……嫌われてます?」

「……しかし、急がないといけません。私たちだけなら問題ないのですが、霊獣の体力が問題なのですよ」


 強引にでも連れていこうとさらに手を伸ばしたのだが、霊獣は抵抗を見せた。


「ギャフー!」


 ──バチバチッ!


 青白い光が霊獣の体から弾けてホームズさんの手を襲ったのだ。


「……これは、雷撃ですか。厄介ですね」

「……ガーレッド、この子を説得できないかな?」

「ピピー、ピピピ」

「やってるけど、ダメなの?」

「ピキャーキャー」

「興奮してて話を聞いてくれないって?」

「フーッ、フーッ!」


 うーん、ここまで何か食料を持ってくるか? でも、それだと時間が掛かりすぎるよなぁ。

 やっぱり、今は無理やりにでも連れていくべきなのだろうか。


「……大丈夫だよ?」

「……ユウキ?」


 その時、ユウキが突然そんなことを呟いた。

 その視線は霊獣に向けられており、霊獣もユウキを見つめている。


「大丈夫、怖くない。僕たちは、君を助けたいんだよ」

「……グルルゥゥ」

「本当だ。ほら、これを見て」


 霊獣に語り掛けながら、ユウキは自分の武器を体から外して地面へ投げ捨てていく。


「……ユウキ、もしかして霊獣の声が?」

「うん。なんとなくだけど、聞こえる気がするんだ」


 僕にガーレッドの気持ちが流れ込んできた時と同じかもしれない。


「……グルゥ」

「君は今、とても疲れているんだ。ゆっくり休ませたいし、守ってあげたいんだ」

「……ルゥ」

「ほら、僕のところにおいで。怖くないから」


 両膝をついて身を屈め、両手を広げて霊獣から近づくのを待っているユウキ。

 そんな姿を見て霊獣も感じ入るものがあったのか、一歩ずつ、ゆっくりとユウキのところに近づいていく。そして──


「……わふ」


 霊獣の右手がユウキの左膝に乗せられた。

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