悩みとその先

 暗殺者を倒し終えたヴォルドさんがこちらに戻ってくると、僕の顔を見て怪訝な表情を浮かべた。


「何だ、どうしたんだ?」

「……自分が役に立たなさすぎて落ち込んでます」

「……鍛冶師が何を言ってるんだか」


 溜息混じりに声を漏らすヴォルドさんを見て、僕は少しだけムッとしてしまった。


「でも、僕も何かの役に立ちたいんですよ!」

「役に立ってるじゃないか」

「何がですか? 今だって何もできずに、暗殺者に迫られて、結局エジルに助けてもらわないと倒せなかったんですよ!」

「小僧にはこれが見えないのか?」

「……これって」


 ヴォルドさんが言いながら見せてくれたのは、黒羅刀こくらとうだった。


「俺はこいつがあるから戦えている。ラウルとロワルも小僧が打ったナイフを使っていたし、アシュリーもそうだ。ガルだってライキリを使うだろう。これだけの武器を打って準備してくれているのに、なんで役に立たないだなんて思うんだ?」

「それは、僕もここにいて、何もできなかったから……」

「さっきも言ったが、小僧は鍛冶師だ。そして俺達は冒険者だ。さらに言うとガーレッドは霊獣だ。冒険者が戦うのは当然だし、霊獣も主を守る為には戦う生き物だと言われている。だったら今ここで場違いなのは誰だ?」


 強い語気で言われ、僕は一つしかない答えを口にする。


「……僕です」

「だったら、ここで役に立とうなんて考えるな。小僧はすでに仕事をしている。だったら守られることだけを考えろ。自衛が必要な時だけ剣を振るえ。いいな?」


 言われていることに間違いはない。

 だけど、それではここにいる意味がない。ここまでついてきた意味がない。

 一人でいれば狙われる可能性はある。だからついてきたという見方もできるだろうが、僕はそんなつもりでついてきたわけではない。

 一人の戦力としてついて来たかったんだ。

 だけど、それは驕りだったのだろうか。

 英雄の器という大き過ぎる力を手にして、天狗になっていたのだろうか。

 ……僕は、足手まといなのだろうか。


「……うわあっ!」


 そんなことを考えていると、大きなヴォルドさんの手が僕の頭を乱暴に撫でてきた。

 腕の中ではガーレッドが僕の腕を甘噛みしている。


「変なことで悩んでるんじゃねえよ。小僧が戦えなくても憑依ってスキルがあるんだろう? 戦いはそいつに任せればいいんだよ」

(――その通り! この人、ごつい顔の割にはいいこと言うね!)

「……エジル、うるさい」

「あん?」

「あー、いえ、こっちの話です」

「ビギュ、ビギュギュー」

「……ガーレッドもありがとう。甘噛みしながらだと喋り辛くない?」

「……ピキャキャー!」


 こんなところで悩んでいることが迷惑になってしまう。

 僕は現状を受け止めることにした。

 僕はこの場で力にはなれない。あくまでも僕は。

 ヴォルドさんが言うように戦いはエジルに任せる方がいいのだろう。

 それでも意識は僕に残してもらえるので、その中で吸収できるところは吸収していこう。

 また何かがあった時、いつでもエジルを頼れるわけではないのだ。

 今は勉強の時であり、成長できるチャンスだと気持ちを切り替えた。


「俺も小僧に頼り過ぎていた部分はあるから、あんま偉いことは言えんがな」

「いえ、そんなことないです。僕は頼ってもらえて嬉しかったですから」

「……そうか。まあなんにせよ、先に向かうぞ。恐らくこの先にゾラ様達が――」


 ――ドゴオオオオオオオオォォン!


 ヴォルドさんの言葉を遮るように城を揺るがす大きな爆発音が響いてきた。

 音の後には黒煙が通路を覆っていく。

 黒煙の出先は僕たちが進んでいた通路の先だった。


「マジかよ! ガルの見立てではこの先にゾラ様達がいるはずなんだぞ!」

「い、急ぎましょう!」

「ビーギャギャ―!」


 僕のせいで無駄な時間を使ってしまった。

 これで二人に何かあれば、僕はこの世界で生きていけないよ。

 ゾラさん、ソニンさん、どうか無事でいてください!


 黒煙の中を突き進んでいった先には一際大きく、荘厳な両開きの扉があった。

 その扉は黒く焦げ付き開け放たれており、今も黒煙がもうもうと溢れ出している。

 僕はガーレッドを強く抱きしめ、ヴォルドさんは黒羅刀を握り直す。

 顔を見合わせて頷き合うと、慎重に歩を進めて扉の影から中を覗き込んだ。


「……仮面の暗殺者が、多いな」

「……あれって、玉座ですかね?」

「……ってことは、ここは王の間ってことか?」

「……ヴォ、ヴォルドさん! あそこ、ゾラさんとソニンさんがいます!」

「……何だと!」


 僕は玉座の周囲を囲む騎士の中央近くにゾラさんとソニンさんを見つけた。

 そしてさらに後ろにも人影が見える。


「……まさか、王様もいるんでしょうか?」

「……分からんが、ここに隠れているわけにもいかんな。あいつらはたぶん王様を守る近衛騎士だろう。あいつらには悪いが、戦闘が始まったらその隙を突いて背後から暗殺者に襲い掛かるか」

「……ここで魔法はさすがにまずいですかね?」

「……だろうな。ここでこそ憑依に頼るべきだろう」

(――やっぱりこの人はいいことを言うね! あの中に一人だけ面白そうな人がいるんだよねー。ジン、俺がやってもいいかな?)

「……もう好きにしていいよ。勝ってくれるならね」

(――よっしゃー! 任せておけって!)


 僕が独り言を話している時に声を掛けなくなったヴォルドさんは、どうやら僕がエジルと会話しているのだと理解しているようだ。

 会話の内容からある程度のやり取りが終わったのだと悟り、視線を再び王の間に向ける。


「……そろそろ始まるか」


 ヴォルドさんの言葉通り、暗殺者がじりじりと包囲を狭めていくと――乱戦の開始となった。

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