作戦

 雷切らいきりが打ち上がったところで、僕は気になっていたことを口にした。


「昨日の襲撃みたいなことがまたあると思いますか?」


 僕の質問が聞こえたのだろう。ガーレッドと戯れていたメルさんとニコラさんの視線がヴォルドさんへ向いている。


「……あるだろうな。王都に入ってからも仕掛けてきた奴らだ。よくよく考えれば分かることだったんだ」

「そうですか?」

「交渉の場で殺気を放つような輩だぞ? なりふり構わずってのも予想できたはずだ。それに王派だったとしても、国家騎士派だったとしても、ここは奴らのお膝元だ。何かあっても握りつぶせるだけの権力は持っているだろうよ」


 言われてみればその通りだ。

 王都に到着して気が緩んでいたと言われてしまえば何も言い訳ができない。


「……俺も毒のことがあったから思考が鈍っちまってたなぁ」


 頭を掻きながら大きく溜息をつくヴォルドさん。


「でも、今なら撃退もできます」

「そ、そうですよ! 私達だってやれることをやってみせます!」

「僕とガーレッドも微力ながら力を貸しますよ」

「ピーギャギャギャー!」

「……ったく、女子供にそう言われちまったらリーダー失格だろ」


 苦笑交じりに呟くと空を見上げて大きく深呼吸。

 そして正面を向いた時の表情はとても晴れやかで、何かを吹っ切れたように見えた。


「まあ、これ以上は好き勝手にさせるつもりはないがな」


 ニヤリと笑ったヴォルドさんを見て、僕は何をするつもりなのか非常に気になってしまった。


「……ヴォルドさん、中に入ろう」


 突然そう切り出したのはメルさんだった。

 その腕の中にはガーレッドが収まっており、ニコラさんが羨ましそうに眺めている。

 ……いや、何してるんですか。


「鍛冶は終わったんでしょ? 暇だから座ってガーレッドを愛でたいの」

「わ、私も賛成です!」


 ニコラさんには消音魔法を使ってもらったわけだし、無下にはできない。


「これ、さっさと片付けちゃいますね」

「……それもそうだな」


 土窯などを崩して土をならし、僕たちは宿屋に戻った。


 ※※※※


 食堂に戻った僕たちはヴォルドさんに今後のことについて聞いてみた。


「おそらく襲撃は今日か明日の可能性が高いだろうな」

「それはまた急ですね」

「俺達が邪魔ならすぐにでも仕掛けたいだろう。交渉担当が何も知らないのであれば時間は掛かるかもしれないが、それでも猶予があるわけではないからな」

「邪魔なら、ですよねぇ」

「コープス君、どうしたんですか?」


 疑問を口にしたのはニコラさんだ。


「いえ、相手は本当に僕たちを殺そうと思っているのか疑問なんですよね」

「小僧も気になるか?」

「はい。最初から殺すつもりなら致死性の毒を仕込んでおけばそれで終わりです。それをしなかったってことは別の目的があるのか、それとも他に理由があるのかって思いまして」

「そこは俺も引っかかってるんだよ。俺としては助かったと言えるところなんだがな」

「……相手は、僕たちを追い払いたいだけで殺すつもりはないのか?」

「で、でも、ヴォルドさんが追い払った暗殺者は、絶対に殺すー! って言ってましたよ?」

「……あいつは例外かも」


 少年暗殺者だけはどうも分からない。ただの戦闘狂なのか、それとも上から殺すなと命令されているからなのか。

 どちらにしてもあちらから動き出す前に、こちらも対策を講じなければならない。


「ニコラには消音魔法をできるだけ広く使ってもらいたいが、今だと最大でどれくらい広げることができるんだ?」

「一時間以上持続させるなら私達の大部屋分。短時間でもよければこの宿屋丸々覆うこともできます」

「覆う場合だと時間は?」

「……五分が限界です」


 言いながら落ち込んでしまったニコラさんだったが、答えを聞いたヴォルドさんは少しの逡巡を得てニヤリと笑った。


「十分だ。それとメル」

「はい!」


 自分には声が掛からないと思っていたのか、メルさんが驚いて大きな声で返事をしている。


「確か風属性を持っていたな。それで風向きを変えることはできるな?」

「持ってますけど、風向きですか? ……えっと、たぶんできると思います」

「ニコラの消音魔法以上に範囲は広げられるか?」


 矢継ぎ早の質問に慌てて考え始めたメルさんは、数秒後に答えを口にした。


「……できます」

「そうかそうか」


 何やら企んでいるようで、ヴォルドさんを除く三人で顔を見合わせて首を傾げている。

 分かっていることは、メルさんとニコラさんの魔法が必要なことくらいだ。


「……後はガルの鼻があれば迎え撃てるか」


 とりあえずヴォルドさんが嬉しそうに対策を考えてくれているので、僕たちはガーレッドと戯れることにした。

 しばらく僕と離れていたからだろうか、抱っこすると額を胸にこすりつけてくるので若干くすぐったいが嫌ではない。

 その様子を見てメルさんとニコラさんが身悶えている。

 しばらくそんな時間が続くと、ヴォルドさんが突然手を叩いたのでガーレッドがビクッとしていた。


「これだ!」

「なにかいい案でも浮かんだんですか?」

「ふふふ、聞いて驚けよ?」


 とても自信満々なのでどのようなすごい作戦なのか、三人とも身を乗り出して聞く姿勢をとっている。


「さっき名前を出したメル、ニコラ、ガルの三人が鍵になる。相手は風下を取ってくるはずだからガルの鼻だけでは先手を取れないだろう。だが、そこでメルの風魔法が活躍する」

「わ、私ですか?」

「一定範囲を風魔法を使い風向きを宿屋に向くようにしてほしいんだ」

「できますけど……あぁ、相手の臭いをガルさんに届けるんですね」

「その通りだ。そして襲撃者が宿屋に入ってきた時にニコラの消音魔法を発動する」

「消音魔法がどんな意味を持っているんでしょう?」

「襲撃者との戦闘音を外に漏らさないためだ。日中なら見てバレるかもしれないが、もし夜中に襲撃があれば応援を呼ばれない為にも静かにことを終わらせたい」

「……ヴォルドさん」

「なんだ小僧」


 メルさんとガルさんのコンビプレイは理解できる。消音魔法の使い所はどうだろうと思うが、音が漏れて敵の応援だったり他の面倒事に巻き込まれないようにするのも、まあ理解しよう。

 だが、それを行うには一番大事なポイントがあると僕は思う。


「その作戦だと、この宿屋が破滅的なダメージを負う気がするんですけど?」


 そう、宿屋が戦場に早変わりしてしまうのだ。

 魔法を使わないとしてもヴォルドさんが黒羅刀こくらとうで暴れたり、グリノワさんがメイスで粉砕したり、他の面々もそれぞれで戦いを行うとなれば女性陣の大部屋どころの騒ぎではなくなってしまう。

 宿屋の主人がそれを了承するかというと、普通はあり得ない内容だった。


「安心しろ、許可はもらっている」

「……はい?」

「建て替えができるくらいの金を握らせているからな。主人もそろそろ建て替えたいって話をしていたから、やるなら好きなようにしろだとさ」

「……でも、他のお客さんは?」

「今この状況を見てみろよ」


 そう言われて僕は食堂内を見渡した。

 よく考えてみれば、朝から僕たち以外のお客さんと会っていない。今だって誰もいないし、耳を澄ましてみても物音一つ聞こえてこない。


「……ヴォルドさん、もしかして」

「くくくっ、この宿屋を買い取った!」


 借りきるとかじゃなくて、買い取りですか!

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