一つの懸念

 部屋に戻ってからもホームズさんは落ち込んでおり、どうしてそこまで落ち込むのかを聞いてみた。


「いえ、冒険者をしていた頃は本当に変装ばかりだったのです」

「そうなんですか?」


 それは意外である。破壊者デストロイヤーとして有名人なホームズさんならウハウハだったろうに。


「……顔に出ていますよ?」

「えっ? あー、いや、あははー」


 溜息混じりにホームズさんは真相を教えてくれた。


「有名になるというのは、良いことだけではないのです。気を休めたいときでも声を掛けられて休めないですし、隠密の仕事は受けられません。仮に受けたとしてもバレたら依頼が失敗してしまうのでとても気を遣うのです」


 日本の有名人も変装するしないでテレビの話題になったり、道中でバレて大騒ぎになったとか聞いたことがあったっけ。

 変装して通りを歩いたり依頼をこなすのってとても面倒臭そうだな。


「……もしかして、その時に女装も経験したことが――」

「ありませんからね!」


 むむっ、残念である。


「ホームズさんなら似合いそうなのに」

「ピッキャキャーキャー!」

「絶対にしませんからね!」


 ガーレッドも同意を示してくれたのにな。

 それじゃあ変装の話は置いておくとして、僕は次の話題に移ることにした。


「……ゾラさんとソニンさんは本当に城にいると思いますか?」

「この目で見ないことには分かりませんが、その可能性が高いと思います」

「それはゴーダさんの情報だからですか?」


 一度無言となり考えを巡らせたホームズさんは、やや時間を置いて口を開く。


「……いえ、全ての情報を繋ぎ合わせてみてもその可能性が高いですね」

「そうですか」

「どうしたのですか?」


 僕は二人を助け出せればそれで良いと思っていたし、今も思っている。

 だが、城の派閥争いとなれば気になる人が関わってくる可能性もあり心配の種になっていたのだ。


「……ユウキのお父さんは、どっち派なんでしょうか」


 ユウキは元々貴族出身の冒険者で、魔導師の名門であり城に仕える魔導師たちの魔導師長を務めている。

 もし魔導師長が国家騎士派だった場合、何かしらの妨害工作に打って出てくるかもしれない。

 そうなれば対立することは確実であり、ユウキとの関係にも何かしら変化が出るかもしれないと危惧していた。


「そうでしたね。確か魔導師長の名前はユージリオ・ライオネルでしたか」

「ユージリオさんか」


 本当にユージリオさんと対立した時、僕は今まで通りに二人を助ける為に動けるだろうか。

 ゾラさんとソニンさんは僕にとって大事な存在で恩人である。ただ、ユウキのことも二人と同じくらい大事な存在なのだ。

 僕の葛藤に気づいたのか、ホームズさんが柔らかな表情を浮かべて口を開いた。


「コープスさんがそのようなことを考える必要はありませんよ」

「ホームズさん、でも……」

「ゾラ様とソニン様を助けるのは交渉組と私達の仕事です。別に争う為に来たわけではありません。仮に争いが起こったとしても、我々はお二人を助けて逃げてしまえばいいのですよ」

「……いや、それだと後々問題に繋がりませんか?」

「そこもまた交渉なのです。暴力だけが解決手段ではないのです。その為の交渉ですよね?」

「……そうでしたね」


 王都に来るまでの間に多くの襲撃を受けたことで頭の中が争いありきになってしまっていたようだ。

 ホームズさんが言う通り、僕たちは交渉をしに来たのであって争いに来たわけではない。

 その過程で派閥争いに巻き込まれたとしても、結果として二人を助け出せればそれでいいのだ。


「ユウキのお父様の件に関しては私も頭に入れておきましょう。弟子のことですからね」

「ありがとうございます」


 僕が城に行くことはないので顔を合わせることはないだろうけど、気になっていたことを話すことができたので少し気持ちも落ち着いた。

 しかしこうなると、本当に交渉組には頑張ってもらわなければならない。


「明日はよろしくお願いしますね――変装」

「そっちですか!」

「ピキャキャキャキャ!」


 爆笑のガーレッドにつられて僕も笑ってしまい、ホームズさんは苦笑を浮かべていた。

 王都側の交渉担当が何も知らないというのはおかしなことではあるが、これからスムーズに事が運ぶことを祈るばかりである。


「そろそろ休みますか?」

「そうですね」

「ピーキャー?」


 先ほどの爆笑で目を覚ましているガーレッドだが、ベッドに入ればすぐに寝付いてしまうだろう。

 僕はガーレッドを抱いたままベッドに潜り込む。それを確認したホームズさんが明かりを消してくれた。


「お休みなさい」

「ピーキャー」

「はい、お休みなさい」


 久しぶりのふかふかベッドである。僕は潜り込んでから数分後には深い眠りに落ちていたのだった。

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