まさかの……

 ――ガシャアアンッ!


「な、なんだっ!」


 何かが割れるような音が聞こえてきて僕は飛び起きた。

 ガーレッドもその反動で目を覚ましており、ホームズさんはすでに臨戦態勢に入っている。


「……何があったん――」

「――きゃああああぁぁっ!」

「――なんだあんたらはっ!」


 そこに響いてきた悲鳴。


「この声って、シリカさんとダリルさん!」

「狙いは交渉組ですか!」

「まさか、ここは王都ですよ!」


 王都に入ってからも仕掛けてくるなんて、正直予想外の出来事だった。

 ここまで派手に襲撃を行えば何かしら調べが入るだろう。そうなれば主犯が誰かなんてすぐにバレてしまうはずだ。


「とにかく向かいましょう!」

「はい!」

「ピギャ!」


 僕たちは部屋を飛び出すと真っ先に女性陣の部屋へと向かった。

 ダリルさんに関してはヴォルドさんとグリノワさんが同部屋なのと、他の男性陣と部屋が近いということがある。

 だが女性陣の部屋には前衛がアシュリーさんしかいない。護衛と同じでメルさんの魔法は接近戦では不利だろうしニコラさんでは防衛は難しいからだ。

 部屋のドアをホームズさんが蹴破り飛び込むと、案の定部屋の角に追い詰められていた。


「ホームズさん! コープス君まで!」


 声を上げたのはクリスタさんだった。

 僕がいたのは予想外だったかもしれないけど、今はそんなことを言っている場合ではない。


「はあっ!」


 キャリバーを抜いたホームズさんが一足飛びで暗殺者を間合いに捉えると、一振りで一番近い相手の右腕を斬り飛ばす。


「ひいっ!」


 悲鳴を上げたのはクリスタさんだった。このような荒事を目の前で見るなんて夢にも思ってなかったはずだ。

 だけど命より大事なものはない。

 僕だって魔獣ではなく人の腕が斬られる瞬間を見て吐きそうになったけど、我慢しなければならない。


「こいつ、強いぞ!」


 右腕を失った暗殺者を庇うように女性陣を追い詰めていた別の暗殺者がホームズさんに攻撃を仕掛けながら声を上げる。

 受け流しつつホームズさんが後退したのを見て、暗殺者たちは潔く襲撃を諦めて窓から逃げ出してしまった。

 ホームズさんも深追いはせずに窓の前から外を伺いつつ気配を探っているようだ。


「ク、クリスタさん、怪我を!」

「かすり傷ですから、大丈夫です――っ!」


 クリスタさんの左腕からは血が流れているのが見えた。そして言葉とは裏腹にその表情は青ざめているように見える。

 少年暗殺者の剣には毒が塗られていた。他の暗殺者の剣にだって塗らえている可能性はないだろうか。


「左腕を下げていてください。二の腕の部分を強く縛りますが、我慢してくださいね」

「あ、ありがとう、コープス君」

「あの、ジン君、回復魔法を――」

「少しだけ待っていてください!」

「えっ?」


 僕はニコラさんに声を掛けた後、ベッドのシーツを引きちぎりクリスタさんの左腕に巻きつけていく。

 そしてすぐに傷口に口を当てると血を吸い出して床に吐き出した。


「コープス君! な、何をしているの!?」


 急に口を当てられたからか慌てふためくクリスタさん。

 最初は驚いていたニコラさんも、僕の行動を見てヴォルドさんの毒のことを思い出したのか何も言わずにクリスタさんの肩に手を置いている。

 傷口が閉じてからでは毒を吸い出すことができなくなる。ほんの気持ち程度になるかもしれないが、僕は毒を抜く為に何度も血を吸い出しては吐き出していく。

 ホームズさんも毒の可能性を感じたのだろう、暗殺者の気配がないと分かるとすぐに一階に駆け下りていった。

 その直後には他の面々も大部屋に集まってきた。


「大丈夫か!」

「ヴォルドさん! すいません、クリスタさんが傷を……」

「畜生が! 交渉組を狙って仕掛けてきやがった。しかも王都内で!」


 ヴォルドさんも予想外だったはずだ。警戒はしていただろうが、まさか王都内ではないだろう。という考えが頭をよぎったはず。

 これは、完全な奇襲と言っていいかもしれない。


「クリスタは大丈夫なのか?」


 ヴォルドさんも自身が毒を受けたから気になったのだろう。


「はい、大丈夫、です」


 額の汗が髪を張り付けているものの、その表情は最初の頃に比べて良くなっているように見えた。


「コープスさん。先ほどは何故、血を吸い出したのですか? もしかしてですが……」


 その先は言葉にしなかった――いや、できなかったのかもしれない。

 冒険者であれば覚悟はできているだろう。だがクリスタさんは違う、交渉組であり冒険者ギルドの職員で、一般人なのだ。


「……大丈夫ですよ」


 僕にはそんな気休めの言葉しか掛けることができない。英雄の器を持っていても、魔法の知識が少なすぎてどう対処していいのかも分からないのだ。


「そう、分かったわ」


 そんな僕に対して、クリスタさんは笑顔で頷いてくれた。

 何故そうしてくれたのかは僕には分からない。だけど、クリスタさんの優しさに触れた気がした。


「店主から薬を貰ってきました」


 ホームズさんが薬の入った瓶を持って部屋に入ってくると、すぐにクリスタさんの傷口に振り掛ける。


「ニコラさん、回復魔法を」

「は、はい!」


 ――きっと大丈夫だ。


 僕は自分自身にそう言い聞かせながらも、クリスタさんのことをニコラさんに任せることしかできなかった。


 結局、その日はヴォルドさんが宿屋の店主に説明を行い交代で周囲の警戒に当たることになった。

 僕はケルベロスや悪魔と相対したときには感じなかった恐怖を受け止めながら、ガーレッドと一緒にベッドの中へ潜り込むことしかできなかった。

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