ヴォルドの状態
馬車まで戻ってきた僕たちを見て、ヴォルドさんたちは驚いていた。
「もう終わったのか?」
話を聞くと、魔獣の咆哮は一切聞こえず、その代わりに悲鳴に似た声が聞こえてきたのだとか。
メルさんが僕の魔法をあり得ないと評して説明すると、残っていたヴォルドさんに半眼で睨まれてしまった。
……いや、みんなの為だったんです。仕方なかったんです。
「まあ、小僧だからな。驚かされるのにはもう慣れたよ」
僕もそう言われることに慣れました。
「だが、小僧はあくまでも鍛冶師だ。それに子供だ。あまり頼りにするんじゃないぞ」
子供、という部分を強調していたのは暗に戦わせるなという念押しなのだろう。今回は僕が名乗りをあげたので仕方なかったが、やはり子供には荒事をさせたくないのだ。
そして、そのことにはみんなが同意見のようで静かに頷いていた。
「ところで、ヴォルドの怪我はどうなのですか?」
少年暗殺者に傷を負わされたヴォルドさんは、治療の理由もありこちらに残されていた。
ホームズさんがニコラさんに視線を向けたのだが──
「大丈夫だよ。この通り全然動けるからな」
右腕をぐるぐると回して復調をアピールしている。
僕はニコラさんではなく、一緒に残っていたグリノワさんに視線を向けてみた。
「……」
うーん、状態はあまり芳しくなさそうだな。グリノワさんの表情がだいぶ険しくなってるよ。
ホームズさんも気づいているだろうけど、今ここで追求することはなく、急いで移動することを優先させてみんなに準備を急がせた。
その途中で、ヴォルドさんに何やら耳打ちしていたのだが、おそらく本音で話をする場を作りたいと考えてのことだろう。
その後も休みなしに馬車は進んだのだが、お昼の襲撃が響いてしまい予想通りというか、その日中に王都に到着できなかった。
無理をしたら夜の五の鐘くらいには到着できるのだが、そのような遅い時間では門前払いされてしまうと教えられ、仕方なく三回目の夜営となった。
交渉組の疲労は相当なものだろうが、自分たちを守る為に傷を負ったヴォルドさんの姿を見ているので口に出すようなことはせず、むしろ積極的に動いて冒険者たちをサポートしようとしてくれている。
三日目の夜営も美味しい晩ご飯にありつけるとあって、みんなが手を叩いて喜んでいた。
そしてガーレッドは自由にしており、色んな人のところに顔を出してはご飯を食べさせてもらっており、暗い雰囲気の中にも僅かな賑わいが見てとれた。
そんな中、僕はホームズさんと一緒に食事を摂っていたのだがヴォルドさんだけが食事の輪から離れていることに気づいた。
「ホームズさん」
「そうですね。少し話をしてきます」
立ち上がったホームズさんはヴォルドさんに声を掛けると、森の中に入っていった。
他の面々もヴォルドさんの様子がおかしいことには気づいている。だけど、声を掛けられる様子ではなかったのでホームズさんに任せて問題はないはずだ。
ヴォルドさんのことは僕も気になるけど、今は一緒にいてはいけない気がしてグリノワさんのところに移動した。
「んっ? どうしたんじゃ?」
「ヴォルドさんの状態を聞こうと思いまして」
「……気づいておったのか?」
「みんな気づいてますよね?」
あれ? 違うのかな?
「あやつらはヴォルドの様子がおかしいとしか思っとらん。怪我に関してはニコラの魔法で治ったと思っておるじゃろう」
「じゃあ、やっぱり?」
「おそらく、暗殺者の刃には毒が塗られていたんじゃろう」
「ど、どふんぐっ!」
僕が声に出そうとしたところで、突然後ろから口を塞がれてしまった。
その手が離れたので慌てて振り替えると、そこにはガルさんが笑顔で立っていた。
「よう、ジン坊。隣いいかな?」
「えっ、あっ、はぁ、どうぞ」
グリノワさんが片手ですまん、と言っているようで、どうやら言ってはいけないことだったらしい。
「すいません、ガルさん」
「いいんだよ。ジン坊に口を滑らせたグリノワさんが悪い」
「じゃがガルよ、ジンは毒は違うにしてもヴォルドの状態に気づいておったぞ」
「そうなのか? ゾラ様の秘蔵っ子は鍛冶も魔法も、人を見る目も超一流ってことかい」
「いやいや、そんなわけないですよ。鍛冶も失敗ばかりですし、魔法も細かなことはできませんし、今だって毒のことは分かりませんでしたし」
褒められるのは嬉しいけど、過度に褒められるほど僕は優秀ではない。むしろ抜けている部分の方が多いのだ。
「今日だって、魔獣の処理をしている時にラウルさんに威力が強いって指摘されんですから」
「おっ! ラウルも言うようになったじゃないか!」
「今度は儂らから色々と言わせてもらおうかのう」
な、なんか、ラウルさん、ごめんなさい。
「まあ、ヴォルドもそこまで酷いというわけではない。過度に動かなければ良くなるだろうよ」
グリノワさんはそう言うけど、それはヴォルドさんがしばらく戦えないと言うことだ。
実質的にはリーダーの離脱に近く、さらにパーティ内でも屈指の実力者なので他の面々への負担が大きくなってしまうだろう。
「まあ、パーティなんてそんなもんさ」
「えっ?」
「誰かが傷つけば誰かが補う、助け合う。信頼がなければ逃げる奴もいるだろうが、俺達は補い助け合える仲ってこと」
「そういうことじゃな。安心せい、ゾラ様逹を助けて、皆でカマドに帰るぞ」
「……はい」
グリノワさんとガルさんの言葉に、僕はなんとなく肩の力が抜けた気がした。
ヴォルドさんが怪我をしたのを見て、自然と肩肘を張っていたのかもしれない。
別に、僕が過度に緊張することなんてないんだ。ここには、沢山の頼りになる大人逹がいるじゃないか。
ケルベロス事件の時みたいなミスは犯さない。そう心に決めた晩ご飯だった。
その日は鍛冶を行わず、そのままテントに戻るとガーレッドと一緒に眠ることにした。
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