心配事と相談

 戻ってきたホームズさんも加わり書類の処理をすることになったのだが、交代でお昼休憩を取ることになった僕は有無を言わさず一番目となった。

 ガーレッドもいたのでご飯を食べさせなさい、ということだったのだが――。


「……ガーレッド、ずっと寝てるよ」


 非常に珍しいことである。

 ガーレッドは僕とは違いほとんど同じ時間に目を覚ましていた。僕が早く起きた時もそうだし、どれだけ遅く起きても、ガーレッドはいつも起きて行動していたから間違いないはずだ。

 そんなガーレッドがお昼を過ぎても寝ているだなんて……。


「ガーレッド、大丈夫?」


 鞄から出して抱っこをしながら声を掛ける。返事はないが呼吸をしている証拠にお腹がポコポコ動いているから生きていることは間違いない。

 食堂に行くついでにルルにも意見を聞いてみようと思い、僕は少し早足で食堂に向かった。


 ピークを過ぎた食堂にはほとんど人はおらず、見たことない人がちらほらいるくらいだ。それでも僕が食堂に入ると手を降ってくれたのは昨日の鍛冶勝負が原因だろう。

 僕は軽く会釈を返しながら厨房にいたルルへ声を掛けた。


「ルルー! ちょっといいかなー?」

「はーい! 少し待っててねー!」


 声が聞こえてから数秒後、ルルがエプロン姿で出てきてくれた。


「今日は遅かったね」

「事務作業を手伝ってたんだ。それで、今って少しだけ時間あるかな?」

「今からお昼だから大丈夫だよ。先に注文もしておく?」

「うん。おすすめランチで」

「だと思ったよ。ガーレッドちゃんには……あれ? まだ寝てるんだね」


 ルルも疑問に思ったのか、ガーレッドを見て首を傾げている。


「うん、そのことで相談もあったんだ」

「分かった。注文を入れてくるからちょっと待っててね!」


 パタパタと厨房に戻っていったルルは、ミーシュさんに僕の分の注文を通してくれてから出てきてくれた。その手には新鮮な野菜が入ったボウルが握られている。


「一応、ガーレッドの分も持ってきたよ」

「ありがとう」


 そのまま席に着くと、ガーレッドを机の上に寝かせてから話を始めた。


「昨日の夜までは普通だったんだ。話もしたし、遊んでたし。それが、今日の朝になってずっと眠ったままなんだよね」

「そうなんだ。昨日は普段やらないようなことをガーレッドちゃんとしなかった?」

「普段やらないようなことかぁ……思い当たらないな」

「それじゃあ、いつもやってることで反応が違ったこととかはあった?」

「……いや、それもないと思う」

「そっかぁ……」


 うーん、と唸り始めたルルとともに僕も昨日の出来事を思い返してみる。

 ガーレッドとのことではないが、一つ目の違いは鍛冶勝負だろう。だけど、あれくらいなら違いの範疇には入らない気がする。

 何故なら、もっと大事になっているケルベルス事件の時にもガーレッドは一緒にいて、その時は特に変化がなかったからだ。

 そう考えると鍛冶勝負がガーレッドに影響を与えているというのは考えにくい。

 次に起こったのがゾラさんとソニンさんの事件だけど、それも直接ガーレッドに関係する出来事ではない。

 むしろ、僕の方に色々と影響が出てしまっている。心の安定を欠いている、と言えばいいのだろうか。ネガティブ思考になり、そのせいで昨夜も寝付けなかったのだ。


「それじゃあ最後なんだけど」

「う、うん」

「ジン君からガーレッドちゃんに何かお願い事とかしたかな?」

「お願い事?」


 そう言われて考えてみたが、あれがお願いごとになるのかどうか分からなかったので聞いてみた。


「僕が弱気な発言をしちゃった時に、ガーレッドが僕を守るって言ってくれたんだ。その時は、僕がガーレッドを守るよって言ったんだけど、ガーレッドが落ち込んじゃってさ。その時に、もし炎で攻撃されたら守ってね、って言ったんだ」

「ほ、炎で攻撃って……」

「王都に行くだけだからないとは思うけどさ。ガーレッドの落ち込みようを見たら、何か言ってあげたかったんだよ」


 顔を引きつらせているルルに説明をするが、その表情が晴れることはない。……無駄に心配させちゃったかな。


「ジンくん、本当に、本当に! 気をつけてね?」

「わ、分かりました」


 ルルが身を乗り出しながら圧をかけてくるので、僕は何度も頷いた。


「……はぁ。それじゃあ話を戻すけど、おそらくその言葉がガーレッドちゃんにとってはお願いになったんだと思う」

「お願いをしたらこうなっちゃうの?」

「霊獣は契約をした人に対して親愛を抱くの。そして、その相手から何かお願いをされたら叶えたくなっちゃうんだけど、その願いが叶えられるものだとしたら力を蓄えようとするの。その方法は霊獣によって異なるみたいなんだけど、ガーレッドちゃんの場合は寝ることなんじゃないかな」

「そうなのかな? ケルベロス事件の時もほぼ際限なく炎を食べてくれたんだけど」

「あの時は突発的だったからね。でも、本来ならこうやって力を溜めて、準備を万全にしたかったんじゃないかな」


 言われてみるとそうかもしれない。

 ケルベロス事件の時はガーレッドが拐われてしまい、否応もなく現場に居合わせたのでその時にできることをしていたのかもしれない。

 だけど今回は時間があるから、こうやって眠ることで力を溜めている、ということだろう。


「でも、ご飯とか大丈夫かなぁ」


 そう言いながら僕はボウルから人参を取ってガーレッドの口元に近づけてみる。すると――。


「……キュ……キュキュ……」


 鼻がヒクヒクと動いたかと思えば、小さな手を精一杯伸ばして人参を掴もうとしている。人参を手の中に入れてあげると、がっしり握って口に運んで寝ながら食べ始めてしまった。


「……か、可愛い!」

「これはこれで、可愛いね!」


 食事面は特に問題なさそうなのですぐに解決した。さらにこんな可愛い姿まで見ることができた。

 そこに料理を運んできたミーシュさんがガーレッドの姿を見て、少しの時間だけど三人で和むことができたのは、今の僕には良かったのかもしれない。

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