それぞれの動き

 事務室では僕を含めた四人で小さなテーブルを囲んで座り、話し合いが再開された。


「改めて聞きますが、アクアさんもポニエさんも本当によろしいのですか?」

「何度も聞かなくていいよ。緊急事態だ、私達じゃなくても、卒業生なら誰もが手を貸すって」

「その通りよ。『神の槌』は私達みんなで守っていくの」

「そうですか……ありがとうございます」


 深々と頭を下げるホームズさんに、二人は慌てて顔を上げるよう促した。


「ホームズさんが謝ることじゃないって。でも、何で突然二人は捕らえられたんだろうね?」

「うむ。王は何度もゾラさんを勧誘しているとは聞いていたが、これ程の強行策を行うことはなかったはず」

「そうですねぇ……まあ、理由はいくつか考えられますが、それでもあまりに早急ですね」

「――ホームズさん」


 考え込む三人を横目に、僕はホームズさんに声を掛ける。


「今は緊急事態です。二人とも協力してくれるなら、情報は共有しておくべきだと思います」

「どう言うことだい、新人君?」

「決定的な何かがあるというのか?」

「コープスさん……」

「僕なら大丈夫ですよ。むしろ、僕のせいでゾラさんとソニンさんに何かがあったら、それこそ大事になっちゃいます」


 この際、スキルの漏洩を気にしている場合ではない。捕らえられているということは、命の危険を伴っているかもしれないのだ。


「仮に王が命じたのであれば、ゾラさんが目的でしょうからそちらは保護されてもおかしくありません。だけど、ソニンさんや他の冒険者たちはどうなるか……僕は、それを考えた時の方が怖いです」


 僕の言葉を受けて、ホームズさんは深い、本当に深く長い溜め息を吐き出すと、意を決した表情で顔を上げる。


「……分かりました。アクアさん、ポニエさん」

「は、はい!」

「うむ」


 あまりにも真剣な表情に二人は若干気圧されていたが、それでも体を引くことはなく、しっかりと受け止めていた。


「この話を聞くと、色々と面倒ごとが舞い込むかもしれません。それも王から、特に国家騎士からの面倒ごとです。それでも、聞く覚悟はありますか?」


 ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえてきた。それだけ事務室が静寂に包まれているということだ。

 王から目をつけられるような面倒ごとが起きている、そのことに驚きながらも、二人の決意は変わらなかった。


「も、問題ないわよ! 最悪カマドを追い出されたとしても、私の腕なら何処でだってやっていけるもんね!」

「……おいらも、大丈夫だ!」

「ポニエさん、無理はしないでください。あなたはクランの棟梁です。クランメンバーを路頭に迷わせる危険を冒すのですか?」


 アクアさんは個人でお店を経営しているので、言ってみれば自由にできる。だがポニエさんは『ドライデン』という小さくないクランを抱えているのだから無理はしてほしくないと僕も思う。


「いや、おいらもやるぞ。何ならクランを副棟梁に任せても問題ないからね」

「そ、それはさすがに問題があるんじゃないかな?」

「そうですよ。それはやめてくださいね?」


 お調子者のアクアさんですら少し引いているんだから、ホームズさんが止めるのも仕方ないよね。

 それでもポニエさんは止まらなかった。


「嫌だ! おいらも何かやるぞ!」

「ちょっとポニエちゃん、どうしてそんなにやる気になってるのさ? いつもは冷静に判断できるでしょ、私と違ってさ」


 アクアさんの言葉に、ポニエさんは握り拳を作って語り出した。


「おいらは、ゾラさんに拾われたんだ。ドワーフだからってどこに行っても蔑まれてきた。そんなおいらを拾ってくれて、育ててくれたから、おいららここまで来れたの。ゾラさんはおいらの父親みたいな人なんだ、助けたいって思うのは当然でしょ?」


 真っ直ぐな、それでいて純粋なポニエさんの想いを聞いて、アクアさんもホームズさんも口を噤んでしまう。


「だからお願い。おいらにも何かやらせて欲しい」

「……いや、やはり――」

「適材適所でいきましょう」

「へぇ?」

「お、お主、何を言っている?」


 突然声を上げた僕にアクアさんとポニエさんがぽかんとしている。

 ホームズさんだけが僕の言葉を聞いて考え始めた。


「適材適所ですか……そうですね、分かりました」

「ホームズさん、今ので何が分かったの?」

「おいら達にはさっぱりだよ」


 首を傾げる二人をよそに、ホームズさんが指示を始めた。


「アクアさんは身軽ですから『神の槌』に出張依頼があった時、数人の職人を連れて出張先に行っていただきます。一人で店を切り盛りして、腕をさらに上げていますよね?」


 ホームズさんの挑発的な物言いに、アクアさんがニヤリと笑う。


「当然! 超一級品も打っちゃうわよ!」


 次いでポニエさんに向き直る。


「ポニエさんには『神の槌』に特別な依頼があった時に腕を振るっていただきます。こちらから『ドライデン』に使いを出させますので、その時はこちらで鍛冶をお願いします」

「ホームズ、それで本当にいいのか?」

「構いません。今のポニエさんが守るべきは『神の槌』ではなく『ドライデン』です。協力には感謝しますが、そこだけは譲ってはいけないところですよ」


 少し考え込んだポニエさんだったが、すぐに顔を上げで大きく頷いた。

 それを見たホームズさんは、最後に僕に向き直った。


「コープスさん。彼女達は信用に足る人物です、私が保証しますよ」

「僕も信用しています。情報の共有と言いましたが、ゾラさんたちが捕らえられた理由、それはおそらく僕のオリジナルスキルが関係しています」


 何を言いたいのか分かっていた僕は、あえて自分の口からオリジナルスキルという言葉を発した。

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