勝利条件と三試合目

「現状、一勝一分でコープスさんが勝っています。コープスさんは勝ちか引き分け以上で文句なしの勝利、負けた場合でも1ランク差の負けか、2ランク差であってもジュラ君の出来が3ランクアップ以上でなければ勝利となります」


 一試合目の3ランクアップがとても効いている。僕がドジらなければほぼ勝利は間違いなさそうだ。……うん、ドジらなければ。


「ジュラ君は3ランク以上の差をつけての勝利か、差が2ランクだった場合でも自身の出来が3ランクアップ以上であれば勝利、または引き分けとなりますから我々で一番良い出来のナイフで審査させていただきます」


 ジュラ先輩が3ランクアップまでいくと、最初のナイフの出来が勝負を分けるのか。

 ……今の流れだと、ちょっと怖いかな。3ランクから2ランクに落ちたわけで、そうなると三試合目は1ランクに落ちることもあり得るかもしれない。そうなると引き分けまで持ち込まれて最後の最後まで勝負が分からなくなる。

 確実に勝利するには最低でも2ランクアップを目標にしなければいけないだろう。


「ジン、大丈夫か?」

「信じてるよ、ジン君!」


 カズチとルルも心配そうにこちらを見つめている。出来上がりのランクが下がっていることを二人も懸念しているのだろう。


「何とかなるよ。一応、僕の方が有利なわけだしね。あまり思い詰めるといつもみたいに失敗するかもしれないし、リラックスしておこうかな」

「……無理するなよ」


 普段通りに努めている僕を見て、カズチは更に心配を深めたようだ。


「ありがとう。まあ、やれることをやるだけかな」

「ピキュキュー!」

「ガーレッドもありがとう。頑張るよ」


 カズチの腕の中から短い腕を精一杯に伸ばしてブンブンと振ってくれるガーレッドに笑顔を向ける。

 結局のところ、外に出て楽しんだ後の鍛冶は上手くいくと分かったけど継続しないということも合わせて分かった。

 次は継続させるにはどうするべきかを考える必要があるけれど、まずは目の前の三試合目だ。


「それでは、両者前に出てきてください」


 ホームズさんの声に従って僕とジュラ先輩が前に出る。

 手渡された銅は僕が普段使っている銅よりも質量が重く、作り甲斐がある一方で小さなナイフを作るうえで無駄なく作り上げる必要がありそうだ。


「ふん、俺向きの量だな」


 隣からそんな声が聞こえてきた。

 横目で見ると、ジュラ先輩の表情は笑っている。どうやら相当自信があるようだ。

 これは、僕も今まで以上に集中して取り組まなければ本当に逆転されるかもしれないな。


「それでは、始めてください」

「「はい!」」


 元気よく返事を返したジュラ先輩が銅を窯の中に放り投げて火を灯していく。改めて見ていても火属性の操作が巧みで無駄がない。温度調節は僕も自信があるけれど、これが経験の差ということだろう。

 ただ眺めているだけでは無駄に時間を使うだけなので視線を切り大きく深呼吸を繰り返す。

 一試合目と二試合目も負けるつもりはなかったけど、検証の意味合いも強かった。だが三試合目は別である。この試合だけは何があっても負けれらない。


「…………よし」


 肩の力を抜きながら、それでも気合を内に秘めて銅を窯の中に放り投げて火属性で熱していく。本日三度目の銅が溶ける風景を眺めながら頭の中に完成品のナイフを思い浮かべる。

 形状は片刃で二十センチ程の刀身、美しい波紋をイメージ。鍔にも特徴を持たせるために刃部分を柄側に丸め、峰部分を刀身部分に丸める。柄は滑り止めの意味も込めて一定間隔ででこぼこをつける。

 実用性は当然ながら、見た目の美しさも意識してイメージを固めていく。

 凝ったデザインにしたからなのか、イメージもスッと出てきてすぐに頭の中で固まっていった。


「……なんか、いけそうな気がする」


 普段と違う感覚を覚えた僕は銅を金床乗せると力いっぱいに槌を握り振り下ろしていく。

 手に響く感覚も普段よりも跳ね返しが強く、無属性魔法を発動していても全力でなければ手から槌が飛んでいきそうになる。

 歯を食いしばり、汗を弾けさせ、一心不乱に槌を振るう。

 気づけば周りの音が一切聞こえなくなっていた。

 どれだけ槌を振るっただろうか。ここだと思ったタイミングで桶に銅を突っ込むと――3ランクアップした時を遥かに超える光量が水の中から飛び出してきた。

 あまりの眩しさに周囲からは小さな悲鳴のようなものが聞こえたが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 僕にはナイフの出来を確認しなければいけない義務があるのだから。


「――よし!」


 ゆっくりと取り出しナイフはイメージ通りの形状、これは今までと同じなのだが……何故だろう、このナイフを見ていると視線を外せなくなってしまう。


「……わおっ!」

「……何と! これがゾラさんの弟子ということか!」


 アクアさんとポニエさんがそれぞれ呟いている。

 周囲の声も聞こえ出してからは自分の感覚がいつも通りに戻っていることに気づく。

 今さらながらに思うことは――何でこうなった? ということだ。

 昨日出掛けたことによる効果は一試合目に出ていたはずだ。それが最後の三試合目で最高の結果が出たことに困惑せざるを得ない。

 恐らく――いや、これは絶対の僕の勝ちだろうと確信を持つに値する結果なのだが、その過程が全く見えてこないことに僕は困惑していた。

 そして、そんな僕と同じくらいの困惑を覚えている人物が一人いる。


「……う、嘘だ、あり得ない」


 隣で槌を振るっていたジュラ先輩だ。

 恐らく三戦目は本日最高の気合を入れていただろう。それこそ、手に持つナイフは一戦目、二戦目よりも出来が良いように見える。

 それでもなお届かなかったと悟ったのだが、結果の圧倒的な差に現実を受け止めきれないでいた。

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