閑話:ダリア・ライズ

 今日も晴天、朝から仕事、頑張ります!

 ……これくらい気合いを入れないと、荒くれ者が多い冒険者相手にギルド窓口の仕事なんて出来ないのよ!

 まあ私は基本的に依頼者用窓口の担当だけど、たまーに冒険者用窓口に立つこともあるから気合いは必要なの。

 冒険者ギルドは朝と夕方がピークで冒険者がごった返すの。最初のピークを乗り切れば後は夕方まで多少落ち着くから頑張らなきゃね。


 最近は新人冒険者のお世話みたいなこともしてるから楽しみが増えて嬉しいわ。

 素直で真面目で、冒険者が敬遠するような依頼も率先して受けてくれるから嬉しいのよね。

 あら、今日もやって来たわね、偉い偉い。


「ユウキくん、おはよう」

「あっ、ダリアさん、おはようございます!」


 元気よく挨拶を返してくれたユウキくんは貴族であるライオネル家の末っ子なんですって。

 魔法でのし上がった貴族としては魔法の才能がないユウキくんを切り捨てたと聞いたわ。

 これも自立を促す為の愛だと言っていたけど、私には貴族の考え方は分からなかった。

 だって家族だもの、切り捨てるなんて普通出来ないわよね。


「今日はどんな依頼を受けて行くのかな?」

「はい、パーティを組んで魔獣討伐に行こうと思っています」

「パーティ?」


 珍しいわね。今までソロで依頼を受けていたのに。


「依頼書を眺めていた時に声を掛けられたんです。あちらも新人さんみたいで、魔導師も一緒だから魔獣の処理も楽になるんですよ!」

「ユウキくんは魔護符まごふを使ってたもんね」

「歳も近かったのでパーティでの動きを勉強するのにもいいかと思ったんです」


 うんうん、そうか。色々考えているんだね。


「それはもちろんいいんだけど、気をつけるんだよ? パーティの人たちにもそう言っておいてね」

「はい! ありがとうございます!」


 ユウキくんはそう言って窓口を離れたわ。

 ケルベロス事件の時は大怪我を負ったって聞いて驚いたけど、今では傷も完治して、師匠さんも見つけたみたいで本当に良かった。

 まあ、その師匠が破壊者デストロイヤーだって聞いた時は唖然としてしまったけれど。


 その後は冒険者用窓口に立って捌き、落ち着いて来た時に依頼者用窓口に戻ったら見知った顔を発見。

 ジンくんにカズチくんにルルちゃん。あら、ガーレッドといるみたい。

 カマド最大のクラン『神の槌』に所属する見習いたちね。

 多くの冒険者に声を掛けられて困惑していたので声を掛けて事情を説明してあげたら、律儀に頭を下げて回っていたわ。

 こんなにも礼儀正しい子供、見たことないんだけど。

 戻って来たところで何をしに来たのか聞いてみると錬成素材の依頼みたいね。


「錬成素材の調達だったよね。希望の素材とかはあるのかしら?」

「あっ! それをダリアさんに質問したかったんです。この辺りで安全に取れる素材で、上質なものって何がありますか?」

「カマド付近で? そうねぇ……キルト鉱石なんてどうかしら」

「キルト鉱石?」


 カマドの南側にある銅の鉱山、その奥で取れるのがキルト鉱石。

 硬質だけど加工がしやすく、武具以外にも装飾品や日用品への加工もおすすめ出来る素材。

 ユウキくんなら取りに行けると思うけど、万全を期すならパーティを組むことかしら。

 ジンくんもパーティ厳守、ということで依頼を出してくれたので助かったわ。

 今日一緒に組んでいる子たちとでも行ってくれたらいいんだけどね。


 ……しかし、この子たちは一般的な相場を全く知らなくて驚いたわ。大銅貨三枚以上を普通に持ち歩いてるだもの。

 突然ではあるけれど、簡単な講義になっちゃったわね。

 ゾラさんは仕方ないけれど、ソニンさんやザリウスも一般市民との間隔が麻痺してるんじゃないかしら。

 一応、今回の報酬分は預かっているけど、それでも大銅貨一枚以上を持ち歩くのだから気をつけてもらわないと困るわね。

 注意をしてから送り出すと、しばらくはゆっくりとした時間。

 ぽつぽつやってくる依頼人を捌きながらそろそろお昼休憩かなぁ、なんて考えていたらユウキくんが依頼を終えて戻って来たみたい。

 討伐証明を提出して受領印を貰ったところを見計らい声を掛けた。


「ユウキくん、お疲れ様」

「お疲れ様です、ダリアさん」

「お昼前にジンくんたちが来てたわよ」

「あっ、そうなんですね。もしかして僕に何か用でしたか?」

「錬成素材の依頼をしたいんだって。一応、パーティ厳守にしているの。急ぎじゃないみたいだから、ゆっくりでいいって言ってたわよ」


 話をすると表情が少しどんよりしちゃったわね、どうしたのかしら?


「その、パーティを組んでいた人達と今度は護衛依頼を受ける約束をしちゃいまして、素材を取りに行くのに日にちが掛かるかもしれないんです」

「そういうことか。急ぎじゃないって言ってはいたけど、そこまでは確認してなかったわね。それよりも護衛依頼って、大丈夫なの? パーティを組んでた子も新人なんでしょ?」


 私にはジンくんの依頼よりもそっちの方が気になってしまった。

 護衛依頼は新人だけで受けれるようなものではない。人や荷物を守りながら目的地に向かわなければならず、相手に気を使わなければいけない場面も多いので中級冒険者が必須になることも多い。

 それを新人だけで受けれるようにしたとなれば、報酬を抑えたかったと考えられるけど、その分危険も増してしまうのよね。


「急ぎの依頼らしくって、みんなも断れなかったみたいなんです。……えっと、経験にもと思ったんです。今更断れないですし」

「まあ、そうだけど……」


 うーん、心配だわ。

 でもユウキくんも自分で考えて受けたわけだから私があーだこーだ言うのも違うのかな。


「……分かった! だけど、本当に気をつけるんだよ? 何よりも命が大事なんだからね?」

「はい、ありがとうございます。それとジンの依頼は一応確認を取ってから考えたいと思います。もしかしたら近くにいるかもしれないし、ちょっと探して来ますね!」


 そう言って元気よくギルドの外に駆け出していった。

 うーん、どんな護衛依頼なんだろう。

 というか誰が受理したのかも調べてみようかしら。

 でも、過保護すぎるのもいけないのよね。

 ……うーん、悩んじゃうわ。

 そんなことを考えながら仕事をこなし、冒険者が帰ってくる頃には冒険者用窓口の手伝いも行う。

 すると、ユウキくんが声を掛けてくれた。


「ダリアさん、ジンの依頼を受けようと思います」

「会えたのね、よかったわ。それじゃあそのまま依頼書を受理しちゃうわね」


 手元に置いていたジンくんの依頼書にサインをしてユウキくんに手渡した。


「ねぇ、ユウキくん。さっきの護衛依頼なんだけど--」


 その時、入口から多くの冒険者がギルド内に入ってきた。

 時間を確認すると二度目のピークに差し掛かったみたいだわ。


「忙しくなりそうですね。僕はそのまま行きます、ありがとうございました!」

「あっ! ちょっと待って、ユウキくん!」


 呼び止めようとしたのだが冒険者としては小柄なユウキくんはすぐに冒険者の波に消えてしまった。


 その後は途切れない冒険者の波を捌きに捌き、落ち着いた頃には陽は完全に隠れてしまっていた。

 一息ついたところで気になっていた護衛依頼について調べてみたところ、受理したのは新人ちゃんだった。

 嘆息しながら依頼内容に目を通して、私は絶句してしまった。

 今、この時期にこの依頼内容は普通ありえない。少なくとも私だったら絶対に受理なんてしない。


「……まさか、新人ちゃんを狙って、依頼を持ってきた?」


 これは、非常にまずい。

 ギルドがではない、ユウキくんと依頼を受けたパーティがだ。

 単なる護衛依頼であれば問題なかったのだが、その行き先が--。


「この時期に、なんで王都への護衛なのよっ!」


 夜のカマドは冒険者でごった返し人探しには全く向かない。

 私は業務時間を過ぎてもユウキくんが何かしらの用事で冒険者ギルドを訪れてくれることを願い待ち続けた。

 しかし、閉店時間になっても遂にユウキくんは姿を現さなかった。


「……本当に、大丈夫よね?」


 一抹の不安を抱きながら、私は重い足を動かして家路についた。

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