駆け出し冒険者と魔獣

三日目の朝

 ガーレッドを抱いたまま眠っていた僕は、もぞもぞ動き出したガーレッドに気づいて目を覚ました。


「……ぅぅん、どうしたのガーレッド?」

「ピキュキュ、ピキュー」

「……へっ? 時間って、何の?」


 朝はカズチが起こしに来てくれるはずだと思っていると、ドアがノックされた。


『--ジン、起きてるか?』

「カズチ? 起きてるよ、入って」


 ドアが開くとそこからは当然ながらカズチが顔を出した。


「なんだ、起きてるじゃないか」

「ガーレッドに起こされたんだよ」

「そうなのか? ガーレッドはジンと違って時間が分かるみたいだな」

「うっ! ……悔しいけど、そうみたいだね」

「ピキュ?」


 ガーレッドの頭を撫でながら、僕はカズチの指摘に頷くことしかできなかった。


「……ガーレッドが、目覚まし時計?」

「んなわけあるか! さっさと準備しろ!」

「はーい」


 カズチには冗談が通じないのかな。そこまで怒鳴らなくてもいいのに。

 ぶつぶつ言いながら着替えを済ませた僕はカズチと一緒にゾラさんの私室へと向かう。

 その道中には時間軸について教えてもらうことにした。


「こっちに来てから鐘の音を聞いたことがあるだろ?」

「鐘の音……あー、うん、あったねー」

「……マジか、聞こえてなかったのか!」


 ……だって、鍛冶とか錬成とかで興奮してたもんで。


「いや、もういいや。その鐘の音が日中に十回、日没に十回鳴らされる。一回目だと鐘の音も一回、二回目からは一回ずつ増えて鳴らされるんだ」

「それじゃあ、今回の三の刻には鐘が三回鳴らされるってことか」

「そういうこと。それで、週流れは七日に分けられる。火の日、水の日、木の日、土の日、風の日、闇の日、光の日だ。一月ひとつきが三五日、一年が一二月じゅうにつきある」

「へえー、長いんだね」


 そうなると一年は四二〇日、今までよりも六〇日近く一年が長いことになる。


「長いって、ずっとこうだったんだよ。……ん? あれってルルだよな?」


 時間軸が分かったところでゾラさんの私室に到着したのだが、ドアの前にはルルが立っていた。

 ノックしようとしては腕を下げ、また上げたと思ったら数秒後にはまた下げている。

 カズチと顔を見合わせながら首を傾げると、とりあえず声を掛けることにした。


「あのー、ルル?」

「ひやあっ! へっ、あっ、ジンくんにカズチくん! ……み、見てた?」

「うん、がっつり見てた」

「ちょ! お前、そこはオブラートにだなぁ」

「だって、カズチも見てたでしょ?」

「いや、まあ、見てたけど……」


 そこで視線を再びルルに向けると、耳まで真っ赤にして俯いていた。

 ゾラさんの私室に入るのってそんなに勇気がいることかなぁ。


「とりあえず、中に入ろっか。ここに立ってても始まらないしね」

「えっ、でも、その、ゴブニュ様の部屋--」


 --コンコン。


『--はいよー』


 返事が聞こえたのでそのままドアを開けて中に入る。僕に続いて慌てた様子でカズチとルルが入ってきた。

 その様子を見たゾラさんは微かに笑っていたが、僕は気にすることなく挨拶をする。


「おはようございまーす」

「おはようございます、棟梁」

「お、おはよう、ございます!」

「ピキュキュー!」

「おう、おはよう。ルルはそんなに緊張せんでいいぞ」

「はうぅ、すいません」


 ルルの反応にゾラさんは大笑いしてしまったが、すぐに笑いを引っ込めて話を始めた。


「さて、今日は昨日伝えた通りに小僧の魔法の練習をするために外へ向かう。本当はすぐに向かってもいいのだが、今後のことも考えて冒険者ギルドに寄ってから向かうとしよう」

「冒険者ギルド?」


 魔法の練習で何故冒険者ギルドなのだろうか。

 魔法の指導者の依頼とか? でも、それならルルがいるしなぁ。

 ……ルル、魔導師みたいだし。


「カズチもそうじゃが、今後冒険者ギルドには何かしら依頼をすることも増えるじゃろう。素材の依頼や護衛の依頼とかな。その依頼のやり方とかも見せておきたいのじゃ」


 そういうことなら納得だ。

 僕は現地に素材を取りに行くなんてしたくないから、素材の依頼のやり方は覚えていた方がいいだろう。

 自分で行くなんて、怖くてやりたくないからね。


「小僧とカズチは錬成のために魔獣と対峙することもあろう、その護衛依頼もあるからの?」

「うぐっ! ……また顔に出てたかなぁ」

「出ていたが、こと魔獣に関しては誰もが嫌がることだから気にするでない。カズチも嫌そうな顔をしとるぞ」

「あっ、その……まぁ、そこは嫌ですね」


 何だろう、昨日と今日でカズチの喋り方が変わっている気がする。少しだけど、ゾラさんへの態度が崩れてきてるのかな。

 ゾラさんも楽しそうだし、やっぱりかしこまるだけじゃあダメだよね。

 今日を機にルルも緊張するだけじゃなく、楽しく会話できるようになってほしいと思うよ。


「そういうわけで、まずは冒険者ギルドへ行き、次に道具屋、その後に外へ向かうのだが……その前に、ガーレッドはこのカバンに隠していこう」

「ピ、ピキュ?」


 うん、そりゃあ怯えるよね。

 いきなり大きめのカバンを見せられて隠せと言われているんだから。


「なんで隠すんですか? ガーレッドもカマドの中を見たいと思います!」

「儂も見せてあげたいのじゃが、生まれたばかりの幼獣を見せびらかすのは良くないんじゃよ。主に悪い輩にはのう」

「……ガーレッドのためなんですね?」

「じゃないと儂もカバンに入れようとは思わんよ」


 つぶらな瞳で見上げてくるガーレッドには申し訳ないけれど、ゾラさんが言うからには正しいのだろう。

 もし何かあった場合、今の僕では助けることもできない。危険は可能な限り排除すべきだ。


「ガーレッド、ごめんね? 外に出たら出してあげるから少しだけ中でおとなしくしててくれるかな?」

「……ピキュ!」

「ありがとね」


 納得してくれたガーレッドの頭を撫でてあげると、嬉しそうに体を左右に揺らしてくれる。

 満足したガーレッドは自らカバンの中に体を入れてくれた。


「よし、それじゃあ行くぞ」

「「はーい」」

「わ、分かりました!」

「……まーだ緊張しとるのか?」

「……はぅぅ」


 うーん、ルルには砕けることを覚えて欲しいと思うよ、切実に。

 そんなこんなで僕たちは『神の槌』本部を後にした。

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