クランでの第一歩

 本を片手にウキウキしながら廊下を歩いていると、奥の方からゾラさんが手を振りながら近づいてきた。


「小僧、どこに行っておったんじゃ」

「ホームズさんのところに行って鍛冶と錬成についての本を受け取ってました。これで僕も勉強ができますよ!」

「むっふっふー。勉強よりも楽しいことをしたくないか?」


 変な笑い方をしながら謎の発言をしてきた。

 生産の勉強以外に楽しいことなんてあるわけないじゃないですか。


「結構です。僕は勉強します」

「ちょっ、お前! 棟梁の誘いを断るなんて、バカなのか? バカなんだな!」

「えー、でも鍛冶の勉強がしたいんだよー」

「だったら、儂についてきた方がいいと思うがのー」


 ……ふむふむ、ついて行った先で鍛冶の勉強ができるということでしょうか?

 それならば大歓迎! 駆け足で向かいましょう!


「まずはついて来い。せっかくじゃ、カズチも来い」

「は、はい!」


 ……まあ、棟梁ですもんね。カズチが緊張するのも分かるよ。

 でも僕の中のゾラさんが人任せの酒飲みというイメージになってしまっているので尊敬することが難しい。

 せめて私室の机に資料の一つでもあれば、こんなイメージにはならなかったんだけど。

 現状、ソニンさんが一番尊敬できて、次にホームズさん、ミーシュさんとリューネさんが続いて、五番目がゾラさんだ。

 ミーシュさんはたぶんだけど、クランの中で一番強い気がする。彼女はきっと肝っ玉母ちゃんタイプだ。

 リューネさんの実年齢はだいぶ上みたいだし、クランメンバーではないけれどゾラさんより上だ。

 ……そう考えると、僕ってゾラさんに冷たいのかな?


「お前、棟梁に失礼だぞ」

「そうかな、ゾラさんって意外に抜けてるよ?」

「……はぁ〜、もういい、ジンはジンだもんな」


 何それ、失礼じゃない? 間違ってないけど!

 だけどゾラさんも偉ぶるわけでもないし、僕の態度を注意するわけでもないからこのままでいいだろう。

 何かあれば、きっと周りが注意してくれるはずだ。

 たまーにソニンさんのゾラさんに対する扱いも雑だから大丈夫だと思うけどね。


 --そうこうしていると目的地に到着したみたいだ。


「……マジかよ、ここって、まさか」


 カズチが驚きと興奮が入り混じった声を漏らす。

 ここが何処なのか僕には分からないが、どうやら凄いところらしい。

 何故かゾラさんも得意げな表情だ。


「ここはな、儂の鍛冶部屋じゃよ」

「か、かかか、鍛冶部屋!」


 うおおおおぉぉぉぉっ! 鍛冶部屋ですよ!

 さっきも見たけど、あれは多くの人が一斉に作業できるように全て統一規格で作られたものだった。

 しかしここはまるっきり違っている。

 鍛冶部屋の中は完全にゾラさん専用に作られた、それこそ僕が憧れる鍛冶場そのものの光景だ!


「凄い、凄い! うわー、土窯だよ土窯。ここに火を入れて、鉄がここから流れ出るから、土窯が炉の代わりってことだね。あっ、槌もこんなに沢山! 使い分けが大事なんだなー」

「おい、落ち着け! 棟梁が引いてるぞ!」

「えっ?」


 名残惜しいが視線をゾラさんに向けると、何故だか顔を引きつらせてこちらを見ている。

 解せん、ここに連れてきたのはゾラさんなのに。


「いや、まあ、いいのではないか?」

「ですよねー!」

「お前は黙ってろ!」


 ぐぬぬ、カズチまで。

 でもこれだけの設備を見せられて興奮せずにはいられない。僕の理想の鍛冶場が目の前に広がってるんだよ!


「棟梁、ジンをここに連れて来たってことは、まさか?」

「その通りじゃ」


 ニヤリと笑ってなんだというのか。

 カズチも何をそんなに驚いているのだろう、そんなにゾラさんの鍛冶部屋が珍しいのかな。


「小僧、お主の師匠には儂がなってやる」

「あっ、そうなんですね。よろしくお願いしまーす」

「……」

「……」

「……えっ、なんか他にありましたっけ?」


 あれ、どうして二人共呆気にとられているのだろう。

 ゾラさんが師匠なら全く知らない人よりも嬉しいから問題ないんだけど。


「お、お前、これがどれだけ光栄なことか分かってないだろ!」

「棟梁自ら教えてくれるんだよね? 光栄なことだって分かってるよ」

「それなのにあの反応かよ! 他の見習いが見たらお前、殴られるぞ!」

「えー、暴力反対ー」

「だから、その反応がだな--」

「ぶっ! がっはっはっ!」


 僕とカズチのやりとりを聞いていたゾラさんが突然笑い出した。


「いやはや、小僧は本当に面白いの!」

「えっ、僕は真面目に話していたんですが」

「だからこそ面白い! 儂を相手にそんな態度を取れるのはリューネくらいだぞ!」

「だって、あの人は年上じゃないですかー」


 普段通りの会話をしているのだが、その隣ではカズチが口を開けたまま固まっていた。

 クラン内でゾラさんとざっくばらんに話をする人がいないのだろう。

 もしかしたらゾラさんもこういった普通の会話を楽しんでいるのかもしれない。


「カズチもあまりかしこまらない方がいいんじゃないかな?」

「いや、無理だからな!」

「儂はどちらでも構わんがな! まあ、鍛冶のことは儂が面倒を見るから、カズチは錬成のことを頼むぞ。ソニンにも二人のことをお願いしとるからな」

「は、はい! ……って、副棟梁にも?」

「そうじゃ。儂でも錬成まで面倒を見きれん」


 いよいよカズチの顔色が悪くなってきたように見える。

 錬成はカズチに教えてもらう予定だったんだけど、ソニンさんに聞いてもいいってことなのかな。

 それともカズチが教えてもらっているところにお邪魔させてもらうとか。


「鍛冶の師匠は儂、錬成の師匠はソニンで兄弟子がカズチ、そう言うことじゃ」

「うわー、もの凄く豪華な布陣ですねー」

「な、ななな、なんだってええぇぇぇぇっ!」


 ゾラさんの鍛冶場にカズチの絶叫が響き渡る。

 ただ、僕とゾラさんは気にすることもなく今後のことについて話を進めるのだった。

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