とあるロボットの一日

縁(えん)

とあるロボットの一日


親愛なる博士へ



 9125回目の報告書を作成致します。


 本日はAM7:00に起床し、ベッドを整えました。カーテンを開けると、今日は眩しいくらいの日差しが射していました。顔を洗い、エプロンを着用しました。エプロンはもうすっかりボロボロになってしまいました。

  以前にも報告しましたが、新しい物を買っていただけないでしょうか。


 朝食にはトーストとサラダと、ヨーグルトを頂きました。庭で育てていたプチトマトが実りましたので、サラダに使いました。野菜は育てるのが難しいです。博士が教えてくださった方法で何度も試しましたが、失敗続きでした。しかし今年の夏は真っ赤なプチトマトが実りました。


 博士、今度褒めてくださいますか。


 AM9:00キッチンの掃除をしました。博士が汚さなくなってからはシンク周りがいつも綺麗なので、すぐに掃除が終わってしまいます。

 ここで博士と一緒にガトーショコラを作りました。博士はチョコレートと卵さえあれば、ガトーショコラは作れる事を教えてくださいました。博士は湯煎でチョコレートを溶かすのが苦手でした。「優しく切るように混ぜるのだ」と私に言いながら、チョコレートをあちこちに跳ばしていました。全て拭き取ったつもりだったのですが、冷蔵庫にチョコレートがこびり付いていることに今朝気が付きました。


 私はそれを見て、何故か胸が苦しくなるような感覚に襲われました。私には拭き取ることが難しいと判断しましたので、そのままにしておきます。


 AM11:00キッチンの掃除とリビングの掃除は完了しましたので、庭の手入れをしました。いい天気でした。日差しは眩しいですが、本当にいい天気でした。博士は雨の日がお好きでした。私はやはり晴れの日の方がずっと快適だと考えます。

 草むしりをしていると、元気な生き物が動き回っていました。アリという生き物です。博士はアリが最も神秘的な生き物だと仰っていました。

「アリは一列に並んで、文句一つ言わず、愛する者の待つ巣へと帰っていくから」と。

 しばらくして私は列から逸れてしまったアリを見つけました。その動きは鈍く、歩くことがままならない様子でした。恐らくこのアリは死を迎えようとしているのでしょう。


 生きているアリが愛する者の待つ巣へ帰るなら、死んでしまったアリはどこへ向かうのですか。私は死について一切理解しておりません。勉強不足で申し訳ございません。博士の書斎にある本は全て読みましたが、死について書かれている物がありません。旅行から戻られたら、死についての書物を取り寄せていただきたいです。


 PM13:00昼食を頂きました。パンケーキとオニオンスープを作りました。夏だからといって冷たい物ばかり食べてはいけないと博士から教わりましたので、温かいスープを頂きました。私は温かいという感覚を感じる事は出来ませんが、私が熱を感じ取る事が出来るよう博士が改良を重ねていたことは存じております。「温かい事は幸せな事なのだ」と博士は仰っていました。


 温かいという事は幸せな事だと博士が仰るなら、温かいという事は本当に幸せな事なのだと私は理解しております。


 PM15:00食後のコーヒーを頂いて、博士の事を考えておりましたら、あっという間に時間が経ってしまいました。私の部屋を箒で軽く掃いた後、博士の書斎の掃除をしました。博士がお戻りになられた際、混乱なさらないようにデスクの上は一切触っておりません。しかし、博士がいつも眺めていらっしゃった写真立てを手に取ってしまいました。申し訳ございません。何故手に取ったかは分かりません。

 私はその写真を見た瞬間、初めての感覚を覚えました。私に心臓はありませんが、もしあるのならそれをギュッと掴まれているような感覚です。息が苦しくて堪りませんでした。故障の兆候かと思われます。


 写真の中には笑顔を浮かべる『私』がいました。しかし私は笑顔を作る事が出来ません。よってこの女性は私でないと判断しました。私でない事は理解したのですが、私でない私が存在する事が理解出来ません。恐らくこの女性は博士と同じ人間なのでしょう。


 博士は写真立ての中の女性を毎晩眺める度、様々な表情を浮かべていらっしゃいました。私は眠りに就く前、必ず博士に一日の報告をしていました。あの雨の日は博士はとても悲しい顔をしていらっしゃいました。写真を眺めた後、目から涙という物を流していらっしゃいました。

「どうしたのですか」と私が尋ねると、「雨だから涙が出るのだ」と仰っていました。「では博士は雨の日が本当はお嫌いなのではないですか」と尋ねると、「いいや。雨は涙も一緒に地上に流してくれるから」と仰りました。



 博士は、その女性のことを愛していらっしゃったのですか。




 PM17:00私はその写真を見てから、ありもしない心臓が苦しくなり、博士の書斎から動けなくなってしまいました。これは深刻な故障かもしれません。私は箒を杖代わりに、脚を引きずりながら自分の部屋へと戻りました。この報告書を作成するためです。

 博士が旅行に出掛けられたあの日から、私は報告書を毎日欠かさず作成しております。私に故障の兆候、もしくは感情が生まれた場合博士に詳細を報告するためです。

 今私は何者かに心臓をギュッと掴まれ、全身を包丁で刺されたかのような感覚に襲われています。これは故障でしょうか、それとも悲しみの感情の表れなのでしょうか。どちらにしろ私はこの得体の知れない感覚に襲われたことを博士に報告致します。私を作り、育ててくださった博士に。


 しかしながら本日の報告書の出来栄えは恐らく0点でしょう。私は貴方との思い出を報告書に書いたことなどありませんでした。それでも私は書きました。書きたくて仕方がなかったのです。今回の報告書は、報告書と呼べる代物にならなかったことを謝罪致します。

 今日書かなくては、博士との思い出を綴る機会はもう二度と来ない気がするのです。腕が少しずつ動かなくなっていく感覚を覚えながら、私は書きました。そして今も書いています。博士に伝えたいことがあるのです。


 私は博士があの女性を愛していらっしゃる事を本日知りました。私は博士の事を何でも知っている気でいました。不器用で、子供のように笑う博士。私が言葉を覚えていく度、褒めてくださる博士。私の頭をそっと撫でてくださる博士。たまに悲しげな顔で私を見つめる博士。悪い事をしたかのように、泣き崩れて私に謝罪する博士。


「君を置いて旅に出る私を許しておくれ」と。



 あの時博士はどんな感情を抱いていたのですか。




 博士、新しいエプロンはいつ買っていただけるのでしょうか。破れた箇所を自分で縫って使用しておりましたが、もうそれも追い付かない程ボロボロになってしまいました。

 私が育てたプチトマトは食べていただけるのでしょうか。私は博士以外の人間を知りません。仮に知り合いができたとしても、私は博士とこのプチトマトを食べたいのです。

 どうして私は博士が冷蔵庫に跳ばしたチョコレートを残しておきたいと思ったのですか。これを消してしまえば、もう博士のことを思い出せなくなると思ったのは、私がもうすぐ故障してしまうからなのでしょうか。次のお菓子作りはいつですか。

 一匹になってしまったアリはどこへ向かえばいいのですか。死とは何ですか。何故死について何も教えてくださらなかったのですか。博士は私にそれを隠しておきたかったのですか。

 温かいスープを一緒に飲める日は来るのですか。どんなに温かくても、一人で飲むスープは冷たい気がする事をご存知でしタか。私は知りませんでシた。

 本日のような晴れの日ハ、ワタクシの目から溢れテクル水はどこに流れていくのでスか。旅行トハ、いつ終わrものなのですか。

 博士はそのジョセイドンナトコロを愛していらっしゃたのですか。そのじょセイのdんな仕草が愛しかったですか。博士はそのジョセイに会いたいのデsょうか。

 博セはワタくシの事ヲ愛しいトオモテくださったことgaawあありまシタか。何故、そのじょセイと同じカオのワタクシをつくたのでsか。

 ハカセ、ワタkしはまだあなたニ聞きたいこt伝えタイコトたくさんありますaaamaだ終わりたくないですまだワタクしwaaイヤダイヤダyaaadaイヤダイヤダ嫌だいやdいやaaaaaaaaaaaあいやだ嫌だ終わりたくナイまだワタクsわまだaaaaaaaいやaaaaaaaaいやマだまだaaamada1イタイコトあrm

まだ終わりたくあrまs







 haかセ、ワタクシ は

いつまでも 貴方の帰りを

待っています。



 愛しています。心の底から。

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