止まらない波⑰

 ※※※


 正太郎は、チェカを背後に感じながら、暴れまくるチェン・リーのなれの果ての攻撃をかわしていた。

(クソッ……。腕の立つヘギンスがやられちまって、今こうして期待していたチェンすら憎悪に飲み込まれちまう始末だ。あっちのヘイさんとカイさんは無事なんだろうか……?)

 憎しみや妬みのみが具現化する世界において、チェン・リーの能力は圧倒的である。身長にしておよそ十メートル近くにまで及ぶ巨人に対し、上部から振り下ろされるいかづちのような拳は、まさに狂気そのものである。さらに胸の奥をつんざくような物悲しい雄たけびは、それを耳する相手の思考をほの暗い深淵へといざなう破壊力があった。

「教官! ハザマ教官!! ここは私に構わず、どうか、おひとりでこの場を離脱して下さい! ここで私の存在は足手まといです!!」

 チェカが、足を引きずり正太郎に進言する。どうやら少し前にチェンにやられた足の傷口が広がり、出血が止まらないのである。

「なんでえ、何を言ってくれちゃうのかと思えば、上官の俺の俺が、部下のキミに早退届か? なあ、チェカ。ここには保健室みてえな洒落しゃれた逃げ場なんかありゃしねえ。どうせするんなら、二人仲良くあの世でお寝んねと決め込もうや」

「へ? 何言っているんです、教官は!? だからあ、私はハザマ教官に生きていて欲しいんです! ハザマ教官……いえ、ヴェルデムンドの背骨折りに生き残っていて欲しいんです!!」

「へへっ、そっちこそおふざけが過ぎるってもんだぜ、チェカ。何がヴェルデムンドの背骨折りでえ。もし、この俺がキミを放って一人だけ生き残ったとして、それが何になるよ? それで世界が以前通りの平穏なものになるとでも言うのかよ?」

「きょ、教官……!?」

「なあ、チェカ? じゃあ聞くぜ? キミはさあ、自分だけ果ててそれだけでいびきかいて朝までぐっすりいっちまう相手と、両方気持ちよく上り詰められる相手と、どっちを選ぶ?」

「ええっ!?」

「だからさあ、自分だけ気持ちよく天国まで上り詰めちまう相手と、相手の気持ち良いところを互いに探り合って目的地にまで辿り着くことが出来る相手と、どっちが良いか聞いてんじゃねえか?」

 事態は急を要するほど逼迫していた。チェンの一撃で、身を隠していた巨木の幹が粉みじんに破壊されまくっている。

 信じられない正太郎の質問に、

「きょ、教官。こんな非常時に……。それに、それってセクハラに当たるのでは……?」

「へへっ、そうだな。キミが言う通り、これってセクハラちゃあセクハラだわな。でもよ、これって結構いい例えだとおもわねえか?」

「ま、まあ……それはそうなのかもしれませんが……。っていうか、なに真面目に答えているのかしら、私……」

 チェカは息を大きく吸って、気を取り直し、

「まあ確かに、それは教官のおっしゃる通りかもしれませんけど、でも今は悠長にそんな心理学遊びか禅問答みたいなやり取りで暇をつぶしている状況ではありませんよ!」

「いいんだよ。俺ァついこの間から、キミとこういう話をしてみたいと思ったんだ。だ。それに、そんな悲しい目をしてないで、ここは二人で生き延びることだけを考えようぜ?」

「は、はあ……」

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