止まらない波⑧


 ちりちりとした行灯あんどんの淡い光に、小紋の小さな影が映し出される。ゆらゆらとした自らの姿を確認しながら、彼女が背中まで降ろした長い髪を手製のくしいていると、

「あの、奥方様……。あの、もうご就寝召されましたでしょうか……」

 若い女性の声とともに、軽い音色のノック音が聞こえて来た。

「あ、ああ、その声はアリナさんだね。僕はまだ起きてます。何か御用でしょうか?」

 彼女の名はアリナ・インシュラント。小紋の従者兼警護長である。

「ええ、アリナです。夜分に申し訳ありません。少しだけお時間を頂けないでしょうか」

「時間? ええ、良いですよ。どうぞ、今鍵を開けますから、そこで待っていて下さい」

 そう言って小紋は、手にしていた櫛をベッドの傍らに置き、いていた髪を干して作ったつるのひもで後ろ手に結わえてから、のぞき窓にアリナの姿を確認した。

「それじゃあ、ちょっとだけ時間を下さいね」

 何重にも複雑な仕掛けの施された木製のかんぬきは、それを外すのにとても時間を要する。これは、重要人物である彼女のみならず、他のどんな住人の家にも仕掛けられたもので、鉄製の錠が製造できない現状での実用的で最高の工芸であった。

「さあどうぞ、入って。アリナさん」

 小紋はきょろきょろとドアの外を見回すと、アリナの背後に二人ほどの人影を確認した。

「ご安心ください。私の後ろに配するのは、エイミー・ハネルとノエル・フィーフォです」

「ああ、エイミーさん、ノエルさん、いつもご苦労様です。でも、お二人がおともにおられるということは……」

「ええ、ここで立ち話はなんですから……」

「そうですか」

 小紋はアリナの強張った表情を見て取ると、

「じゃあ、中へどうぞ……」

 と言って、三人を客間へと促した。

 三人はそれぞれに、

「恐れ入ります」

 と会釈をしながら、さっと中に入り込むと、それぞれに決められていた役割を果たすかのようにして足音も立てずに位置に付いた。

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