完全なる均衡㉒

「鳥はいつか巣立ちます。いや、そうでなければならんのです、生き物というものは。だから……」

「ああ、だから、あんな温室のパラダイスの中に居続けたんじゃ、立派な親鳥にはなれねえって話だろ? なあ、吾妻少佐?」

「ええ、その通りです。拙は、あの戦乱で家内と子供三人を亡くしました。がしかし、それでも拙は、あの世で胸を張って自分がやって来たことを家内たちに語り継ぐことが出来ます。家内たちもきっとそれを待ち望んでいるはずです」

「ああそうだ、きっとそうだと思うぜ。きっとな、吾妻少佐……」


 それからの決断は早かった。

 正太郎は、吾妻元少佐と小紋に集落の守備と運営を任せ、自らは精鋭の一部の十名と共に、山向こうにある元ゲッスンの谷にある格納庫への潜入を試みることにした。

「なあ小紋。あとはよろしく頼んだぜ。俺の腕の中で夢を見るのは、少しの間だけ辛抱な」

「分かってるよ、正太郎さん。これでも僕は、正太郎さん添い遂げるまで凄く長い時を重ねて来たんだよ? こんなちょっとの間ぐらい、なんてことないよ……」

 言うが、小紋はもうすでに、涙とともにかすれ声になっている。

 すっかりになってしまった彼女を見るや、

「安心しろ、小紋。この俺がくたばるなんて、この俺の辞書の中にはあり得ねえ。いいか、お天道さんが登り切る前に俺たちァこの集落を出発するが、それまでは俺はお前一人のもんだ。日が昇るまではな」

「うん……」

 

 

 この潜入計画が厳しいことは、誰の目にも火を見るよりも明らかである。

 彼らは、最新鋭のレーザーソードを所有していない。それどころか、近代的な銃火器の類いすら持ち合わせて居ないのだ。

 全ては、彼ら手製の木彫りの槍や、地下に埋もれていた金属製のスクラップを鍛え直して作った剣が主戦武器である。

 中には金属製の弾を撃ちだすスリングショットも装備しているが、これは凶獣ヴェロンのような大型の獲物相手には大した威嚇にすらならない。ただ、山の格納庫内に潜入を試みた時の対人武器として携帯しているのだ。

「いいか、お前ら。この潜入の目的は、あの山の中の格納庫にある武器類を分捕って来ることだ。分捕って来るからには出来るだけ多く、そして出来るだけ使い勝手がいいもんを持ち帰って来るかが今後の鍵となる。絶対に死ぬんじゃねえぞ」

 了解――。

 十名の威勢の良い返事と共に、正太郎は日が昇り切る前に集落を後にした。

 小紋以下、総勢五百名にも及ぶ人々の視線が彼らの背中をじっと見守っている。

 その中には正太郎と小紋同様、近頃に婚姻の関係を結び、絆を惜しみつつ後ろ髪を引きっぱなしな者も数多く存在している。

 しかし、彼らは分かっているのである。

「いいか、お前ら。あの場所でもう一度好きな相手とまぐわいたけりゃ、絶対に生きて帰れよ。それだけでいい。それだけ考えて事に当たればいいんだ」

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