完全なる均衡㉑

 超大型人工知能神〝ダーナフロイズン〟は、人の手によって生み出されたとされている。

 しかし、考えてみ見ればそれはおかしな話である。なにせ、その基盤となる技術やデータはどこから持ち込まれたものなのだろう、というそこはなとない疑問符が立ちはだかるからだ。

 いくら数十億人にも及ぶ人類の計算能力を凌駕した人工知能であっても、その経験たる基礎データを集積するのは人間の役目でしかないのだ。それを事細かにインプットするために、ヴェルデムンド新政府は脳内に補助脳を埋め込む〝ヒューマンチューニング手術〟を強制的に施す法案を押し通したのだが、しかしそれだけでこれまでの発想や構想が生み出されるはずがない。

「やはり、我々の他の文明体の存在が関わっているとしか……」

「あ、ああ……。今の俺たちの経験則からでは、そう考えちまうのが妥当な話だ。こんな風に、簡単に別次元との世界の均衡が図れるなんて技術があるわけだから、やっぱりただの無作為なデータ集めなんだとしか考えられねえ」

「だからと言って、このままデータ集めのモルモットにされるのは、拙は願い下げたいものです。なにしろ、拙には人間としての意地というものがありますからな」

「その通りだぜ、吾妻さん。いや、吾妻少佐」

 正太郎は、やはり無理をしてでも、この先の山中にある山の格納庫に潜入するべきだと思った。小紋と再会を果たし、ひと時の安らぎを得た今、彼らは妙な充実感に満たされている。

 がしかし、その充実した生活を続けるには、この〝世界の均衡の無理強い〟を止めなければならない。

 この〝世界の均衡の無理強い〟は、一見して人々の安らぎと平穏を約束しているかのように見えるが、その実は人間としての本能と考える力を根こそぎ退化させてしまう作用がある。

 正太郎は知っていた。生きることは常に死と隣り合わせであることを――。

 ゆえに、その本能を呼び覚まし、さらには生き抜いて行くための知恵を模索し続けるには、今のような〝世界の均衡〟の中に居てはいけないのだ。

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