虹色の細胞㊷

 海の中は、夜明け前にもかかわらず意外にも真っ青だった。どこからか灯りが照らされているのだろうか。海流は感じず、そこに魚や藻類の気配すら感じさせない。

(それに、どこか塩っ気も少ねえ気がする……)

 目を開けたときのびりりとした刺激が、今までの海を知る正太郎にとっては非常に物足りなかった。

(なら、もうちっとだけ潜ってみるか……)

 あまり進み過ぎると、小紋が目を覚ました時に心配するに違いない。男女の契りをかわした手前、仁義にもとることだけはしたくない。彼女の悲しい顔だけは見たくない。

 だが、その心に反して正太郎の腕はずいずいと水を掻き分けて行った。なぜか海中奥深く進むたびに、海表面近くで感じた光源の膨らみが次第に輪郭を帯びて来る。

(何だ? 一体何なんだこりゃ……?)

 至極透明とも言えない水の中でも、その物体がはっきりと浮かび上がって来た。

(まさか、あれは太陽……太陽なのか!?)

 海の中に太陽などあるはずがない。だが、それは正しく彼が子供のころから親しんだ青空に燦然と輝きを見せる太陽の姿だった。

 驚いたことにそればかりではない。その太陽の下には、慣れ親しんだ人々の家屋が立ち並んでいる。そしてその周りには、人々が生活を営む光景が――。

(なんなんだこりゃ!? 俺ァ、一体何を見せられいるんだ……!?)

 驚きのあまり正太郎は大きく息を吐いてしまった。そのお陰で彼は我慢できなくなり、急いで両腕を仰いで海上へと昇った。

「くはぁっ……!! おえっ!! ひでえ目に遭ったぜ。かなり水を飲みこんじまった……。しかし、ありゃあ何だ? ありゃあ、かつて俺が住んでいた日本の風景だ。それも、平和だったあの頃の……俺の子供の頃の光景だ」

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