虹色の細胞⑦


 恐ろしく腕の立つ師匠と自らとでは、力の差は歴然であった。彼は、〝ヴェルデムンドの背骨折り〟の以前に〝ヴェルデムンドの野獣〟とまでもてはやされた男だ。その獲物を狩る集中力は生半可なものではないのだ。

 看護アンドロイド、フェフェリに渡された簡易的な地図を広げると、まだゴールには直線距離にして二十キロメートル以上もある。

 簡単に二十キロメートルとは言うが、この超巨大な巨木の森林を抜けるのは生身の人間にとって至難のわざである。これは、小紋のように特別な訓練と修業を試みた者でなければ、絶対になし得ぬ荒行である。

(これがおとぎ話の世界だったら、魔法使いのおばあさんに巡り会うタイミングなんだろうけど……)

 この世界の巨木の根は、その一本を越えるのに三階建ての家をよじ登るだけの体力と集中力がる。小紋は、ただでさえ一般の女性の中でもさらに背が低い。そんな彼女がそういった難所を前進するには、やはりそれ専用の道具が必要である。

 小紋は、その壁のように立ちはだかる巨木の根を上に見やり、ロープに連結したクロスボウの矢を、その向こう側に打ち込むと、

「はっ!!」

 しっかりとその先が根に食い込んだことを確認してから、自らの手元にロープを手繰り寄せた。

 非力ではあるものの、彼女は身軽であることに自信を持っている。その一本の根を越えるのに、ものの一分とは時間が掛からないほどの素早さである。

(これをしている間は、かなり無防備だからね。こんな時に敵にでも襲われでもしたら厄介だもの……)


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