見えない扉㊷


 小紋にそんな真似が出来るわけがなかった。まさか、相手の確証を得るために人を傷つけることなど――。

「これは呪いだよ……」

 小紋は、慣れない言葉をぶつくさと吐いた。

 彼女はかつて、自らの師である羽間正太郎にこのようなことを言われた記憶がある。

「なあ、小紋。お前さあ、呪いって信じるか?」

 鍛錬の場の休憩時間に、正太郎が唐突に問うてきたのだ。

「のろい? のろいって、あの呪術とか丑の刻参りとかに聞く呪いってこと?」

 小紋は、薪ストーブの上でぐつぐつ煮える具だくさんの味噌汁を混ぜながら振り返った。

「ああ、そうだ。俺の言う呪いってのはその呪いだ」

 小紋は、あまりにも正太郎の口から出なさそうな言葉に面喰らいながら、

「ちょっと、羽間さん。なにそれ? それも羽間さん流の戦術かなにかの用語なの?」

「ああ、まあ、そんなところだ」

「もうっ! 羽間さんたらそんなこと言っていいの? いつもはそう言ったもをあんまり信じないくせに!!」

 小紋は、ぷんすかと口を尖らせながら、根菜と獣肉でたっぷりと出汁が出た味噌汁のどんぶりを差し出すと、

「まあ、そうカッカすんな、小紋。この間、俺がお前の星占いを馬鹿にしたんで、まだ拗ねてやがんだろ?」

「そりゃそうだよ。僕はこれでも夢見る乙女なんですからね! そのぐらい許容してくれたっていいじゃない!」

「へへっ、そうは言ってもよ。ここは泣く子も黙る弱肉強食の世界、ヴェルデムンドだからな。明日生き残るかどうかを、星占いやトランプ占いなんかで左右されては困るんだよ」

 言われて小紋は、自らの分の味噌汁をよそい、唇を尖らせながら箸を運ぶ。

「じゃあさ、その羽間さんの言う呪いってなに?」

 可愛いおちょぼ口でしたためながら、小紋が問い掛けると、

「俺の言う呪いは現実さ。迷信やオカルトの類いのことなんかじゃねえのさ」

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