見えない扉㉒


 ※※※


 彼女が意識を取り戻した時、一つ懐かしい声が聞こえて来た。

「小紋様!! 小紋様!!」

 何年かぶりに聞いたその声は、とても心穏やかでつやがあるにもかかわらず、それでいてどこか逼迫ひっぱくしたような感情が伝わって来た。

「マ……リダ? どうして……マリダが? これは……夢?」

 まだ意識が朦朧もうろうとしている。それが夢うつつなのか、それとも現実と死との境目なのかもはっきりしない。

「だって、僕はあの時……」

 807自治区の格納庫に侵入し、そこで追い詰められた時に彼女が思わずとってしまった行動は、とても褒められたものではなかった。

 格納庫からの脱出を図ろうとして押したボタンが、このような悲劇を生んでしまったことは言うまでもない。なのに……

「僕は……」

 小紋の瞳から思わず涙が溢れ出して来た。突然起きた恐怖と、自分の配慮に欠けた悲しさの感情が一気に押し寄せてきたのである。

「小紋様……。まずはお気を安らかに。今はまだ目をつむって、おやすみになられた方がよろしいかと」

 ベッドの上からのぞき込むような仕草で彼女は言った。

 小麦色の肌に青色の透き通った瞳。そして流れるようにうねりを伴った煌くような金色の髪。そして何もかもを優しく包み込んでくれるような優しい声。

 確かにあれはマリダで間違いはない――。

 小紋はそう感じながらも、意識がスーッと薄らいでいった。

 それがもし偽りなのであろうとも、これまでにもない安堵が全身を駆け抜けたからだ。


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