見えない扉⑰


 大膳は、息子の春馬が白狐のヴィクトリアと共謀して起こした〝世界同時兵糧攻め計画〟をものともせず、彼自身が企てた計画のフェイズ2へと移行させた。

 大膳の計画は、これよりもっと先にある。

 彼の目的が何であるかなど、息子の春馬ですらさすがに図り知るところではない。

 だが、それが何であるかなど考えるよりも先に、今現在、世界は大膳の手のひらの上で踊らされている。

「まさかね。まさか、また、あの〝おたふく風邪〟を流行らせるとは……。親父め。何を考えているんだ」

 春馬が言う〝おたふく風邪〟とは、あのここ数年前にパンデミックを起こしたウィルス性の流行り病のことである。

 この流行り病は、のちに〝ヴェルデムンド症候群〟と命名されたのだが、このウィルスに感染すると、たちまち人々のリンパ管やリンパ節が化膿を起こし、その部分が玉のように膨れ上がってしまうものである。

 このウィルスに感染すれば最後、死には至らぬとも、当然高熱を出し、腫れ上がった部分はそのまま醜い様相のまま生活を続けなければならなくなる。いくら切除をしたとしても、また再びその部分だけが腫れ上がると言う、なんとも厄介なウィルスなのである。

「あれで、この地球は一変したんだ」

「そうね。私たちのように、ヴェルデムンド世界への渡航者じゃなければ……」

「あのウィルスの抗体を得られないようになっている」

「だから、地球にずっと居続けた人たちは、みんな〝ヒューマンチューニング手術〟を受けざるを得なかったんだ」

「誰も、望んで醜い姿のまま生きていたくはないものね」

 春馬の姉である風華も、その一人であった。

 かつて母譲りの美しい容貌であった彼女が、彼女の伴侶ともどもヒューマンチューニング手術を受けざるを得なくなった要因は、この流行り病の存在でしかない。

「親父のやつ。それでもまた、こんなことを……」

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