見えない扉⑬

「本当に恐ろしい男だわ、あなたは。鳴子沢春馬。さすがに血は争えないという感じね」

 白狐のヴィクトリアは、二人だけの時は白狐の仮面を脱ぎ捨て、彼の胸元の優しい香りに身をゆだねる。

「そうかな。僕は父や妹のように、これとって特筆すべき才能に恵まれていない。だけど、どぶ板辺り日常をこれでもかって見て来た分だけ、人間の本質だけは心得ているつもりだよ」

「まったく妬けてしまうわね。それで、どれだけの女性をその手に落として来たのかしら?」

「さあ、どうかな。今の僕にとっては、こうしてヴィヴィイと少しでも一緒にいられる理由を作っているだけさ。君の愛を一心に受けるためだけにね……」

「そんなことをしなくたって……」

 彼女は、ガラス玉の瞳をうるませ、春馬の胸にその体をあずけた。

 世界に対し、人心掌握にひいでた春馬の勢いは止まらなかった。

 元々、カリスマの風格を持っていた白狐のヴィクトリアは、〝フォール・アシッド・オー〟の傘下である企業の熱狂的な信望を一心に受けている。

 それに加え、鳴子沢春馬の心を惹きつけるテクニックは、さらなる信望者を呼ぶ結果となった。

 やがて世界の三分の一程度は〝フォール・アシッド・オー〟の推し進める理想郷を現実とすべく動き始めたのである。

「ああ、ヴィクトリア様。あのお美しき白狐のヴィクトリア様のお考えこそが、人類の継続と発展に寄与するもの」

「生物の共存共栄には、ヴィクトリア様のお考えが必要なのです」



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