見えない扉⑨


 白狐のヴィクトリア。

 それは言わずと知れた、世界的な過激派組織〝フォール・アシッド・オー〟の女頭領の通り名である。

 彼女が率いる〝フォール・アシッド・オー〟とは、この地球が現在の電力不足にひんする以前から、世界サイボーグ化計画に抵抗を見せていた武闘派組織である。

 だが、彼女たちの組織はこの数年もの間、表立って活動を見せていなかった。

 それは、かつて鳴子沢小紋がリーダーを務めていた抵抗組織〝シンクバイ・ユアセルフ〟が市民権を得ていたからである。

「さあ、ここからが私たちの腕の見せ所よ、ねえマイハニー?」

 ヴィクトリアは、その陶磁器のように透き通った肌を男の胸に抱き合わせると、妖艶に笑って見せた。

「ああ、分かっているよ、ヴィヴィイ。僕だって、この機を逃す術は知らない」

 互いは、いつものようにベッドの上で唇を重ね合わせると、まるでそれが合言葉であるかのように平静を装った。

「私たちは知ったのよ。この世界は武力では何も変わらないことを」

「そうだ。武力は破壊と憎しみを生む要因だ。そうだろ、ヴィヴィイ?」

「そうね。それは、あなたが五年前の私に言ってくれた言葉。それがもとで、私は変われた。そして、あなたの妹さんのように、武力で抵抗することを拒むようになった。ねえ、そうでしょ? マイハニー、鳴子沢春馬?」

 ヴィクトリアは、一人の女として鳴子沢春馬に向き合っていた。

 そして、鳴子沢春馬も一人の男として真剣に向き合い、彼女を説得した。

 鳴子沢春馬とは無論、鳴子沢大膳の第三子であり、鳴子沢小紋の実の兄である。

 彼は、かの過激派として君臨していた〝フォール・アシッド・オー〟の有り様を彼なりの考えで白狐のヴィクトリアに落とし込み、今や彼女を裏で操る暗役者フィクサーの役を買って出ているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る