全世界接近戦㉕


 それまで、岩をも通す一念でこの世界に渡航を果たした彼女であった。がしかし、好意を寄せた男性の常軌を逸した行為によって、自らの命の危機が訪れようとは思わなかった。

「そうだ小紋! この世界の大木に張り付けば、逆に敵の目に晒されにくくなるんだ! だからここを自在に昇り降りすることが出来りゃあ、奇襲をかけることだって可能になる!!」

 両手のカギ爪を巨木の幹に交互にめり込ませながら、

「は……はい、羽間……さん。だけど……ちょっと」

 小紋は息を大きく途切れさせる。

「ちょっと、なんだ小紋?」

「ちょっと……だけ、休ませて」

「休ませて? ああ、すまん。もう疲れちまったか?」

「はい……」

「そ、そうか。なら、そのままここで休むか」

「う、うん……」

 とても信じられなかった。

 いくら防寒対策をしているとは言え、地上から二百メートルも登った場所は、この時期に大森林にまかり通る大寒風をまともに食らう。

 ただでさえその寒風によって全身が痺れ、身体ごと持って行かれそうな事態だと言うのに、この男はそれですら当然のように身をしっかりと固定しながら力強く声を掛けて来る。

(やっぱり化け物だよ、この人は。やばい、僕もう泣きそう……)

 その瞬間、彼女は気が遠くなった。そこから意識が現実から遠のいた。

 だがどういうことか、彼女は同時に温かいものに触れた気がした。


 それから数時間が経ち、彼女の意識が現実に呼び戻されたときには、小さな氷の粒が木の幹全体にぶち当たり、四方から太鼓を無数のビー玉で激しく叩いたような音が聞こえて来る。

「よう、小紋。ようやくお目覚めだな」

 彼女の耳元に、春の木漏れ日よりも温かい筋の通った声が聞こえて来る。

「は、羽間さん……?」



 

 

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