全世界接近戦⑫


「え……? え? 一体何が……?」

 美菜子は状況が飲み込めなかった。

 ちょっと前までに、あの優しい恋人のジムが声を掛けてくれていた。自分を迎えに来てくれていた。

 しかし、それが一瞬にして消え去った。まさか、これは夢なのか? 遠い記憶の彼方にある思い出の断片を見せられているのか?

 しばらく呆けたまま、ため息をついていると、ようやく体のどこからともなく激痛が走るようになった。

「あら、いやだ……。そ、そうなのね……。これは夢ではなかったのね」

 夢の中なら、ここまで全身が痛まない。しばらく時間が経てば、いきなり場面が切り替わって、また別の場所に連れて行ってくれる。

 しかし、いつまで経っても誰もどこにも連れて行ってくれない。五寸釘で全身のところどころを刺すような激痛が、そのままとどこおっているだけだ。

「いやよ、いや……。ジム、行かないで……」

 美菜子の瞳から、自然に涙が溢れ出していた。大量の涙が流れて、パイロットスーツの襟を染みで滲ませた。

 ハッチの外は、凶獣の断末魔が乱れ飛んでいた。

 何も考えることはない。ジムの言った通りだ。この世界の自然の守り神たちにたてつけば、やがてこうなる。人類などは、一ひねりで葬り去られる。

 ジムは食べられてしまったのだろうか? それとも、ただ肉片となって、この地の養分となって息絶えてしまったのだろうか?

 どうせなら、凶獣の糧となって、そのままこの地に根差して欲しい。なぜならその方が、これからもこの地を愛せるような気がするからだ――。

 

 島崎美菜子大尉が救出されたのは、あの騒動から八時間後のことである。


 

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