全世界接近戦⑩


「あれは、凶獣たちの憂いの叫びなんだ!! あの叫びが起きれば、この森にただならぬことが起きる!!」

 美菜子大尉は、ハーゲットのこんな狼狽うろたえた態度を見たことがない。二人だけのプライベートの時間ですら彼は優しく冷静で、年下でありながら頼りになる存在だった。時折甘え性なところもあるが、彼がこうやって取り乱したりした場面を、公私ともども見たことがない。

(いけない。鳥肌が……)

 自らが、この中隊の指揮官であることを失念してしまうほどの衝撃である。

「さあ早く! 中隊のみんなをまとめて、ここを去ろう!!」

 それはハーゲットの言う通りだった。

 凶獣は、この大自然の守り神である。

 一面、我々人類を襲い、それらを糧として捕食対象とすることはあるが、総じてこの世界の生体循環として、無くてはならない存在なのだ。

 そんな凶獣たちが我を無くすのは、自然界においてベムルの実の使用以外においてあり得ない。

 しかし、

「あの異様な動きは、ベムルの実が使用されたんじゃない! 〝神〟をもおびやかせる何かが起こったんだ!!」

 ハーゲットの真っ青になった表情を見て、美菜子大尉も背筋が凍り付いた。

 この世界のヒエラルキーの頂点である凶獣ヴェロンを脅かす何かとは、一体何なのだろう。

 そう思いながらも、彼女は中隊の全ての隊員に指示を伝えると、自らもフェイズウォーカー〝白蓮改〟に乗り込み、その場を去ろうとした。

 その時である――。


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