災厄の降臨⑲


「そんな……。それが答えだって言われたって、僕には……」

 さすがの小紋でも、今の正太郎の説明では納得出来るものではない。内容があまりにも頭抜け過ぎるのだ。

 しかし、そんな彼女の困惑した表情すら気にすることもなく、

「いいか小紋。俺ァな、今のお前との特訓と同じように、俺の師匠であるゲネックのおやっさんに何度も何度もこの身体が無意識に反応出来るまでしごかれたんだ。ヴェロンやつらのスピードや力強さなんかをもう一人の自分が完全に理解出来るまでな。そりゃあ、その道は厳しかったっぜ。なにせ、この身がバラバラになっちまうんじゃねえかってぐれえ、何度も何度も繰り返し戦ったんだからな」

 正太郎は言いつつ、持っていたベムルの実を巨木の幹に叩きつけ、

「さあ、泣き言は気を失ってから聞くぜ、小紋? なんてったって、俺の弟子になりてえって言い出して来たのは、お前の方からなんだからな!」

 それから二人は三か月もの間、みっちりと一万個以上の膨大な数のベムルの実を割り続けたのである。それは傍らで見ていたマリダが、目を覆いたくなるぐらい過酷なものであった――。


 そしてようやく、

「それだ!! よくやった、小紋!! おめでとう!!」

 言われて小紋は、汗と涙でぐちゃぐちゃになる。達成感の感激と安堵の中で、つい本能的に正太郎の胸元に身体ごと預けてしまう。心地よい疲労の蓄積のせいで、気の利いた言葉の一つすら思い浮かんで来ない。

「いいぜ、今は何もしゃべるな。お前は本当によくやった。あれから数えて一万三千六十四個目での達成だ。時間はけっこうかかっちまったが、それでも今のお前は完璧だ。どうよ、小紋? お前ひとりの力でヴェロンをぶちのめせたんだぜ? これでお前は、正真正銘、俺の初めてにして唯一の弟子になれたんだぜ?」

「はざまさん……」

 小紋は、薄れゆく意識の中で、正太郎の分厚い筋肉に覆われた胸のぬくもりを感じていた。



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